しっぽのきもち(トリックスター・ラクーン&ドラゴン)

<登場人物紹介>

ケルルト(ラクーン)
お気楽な性格の緑髪ラクーン。
食いしん坊でいつも何かしらの食べ物(回復アイテム)を持っており、よく積載量オーバーを起こして歩いている。

フォンドヴォー(ドラゴン)
筆者のところの「兄貴」な性格ではない、普通の魔法使いで華奢な赤髪のドラゴン。
フォン・ド・ヴォーというフルネームを馬鹿にされるとえらい勢いで怒る。
どこかマイペースで天然っぽい部分もあれど、頭の回転は速い方。


がっ、としっぽを掴まれた。
「いてっ!」
突然の刺激に振り向いてみれば、案の定そこには俺のしっぽを鷲掴みにしている彼の姿があった。

常夏のパラダイスビーチで日差しを避けようと立てたキャンプ。そこに俺と彼とがいるのもいつもの光景で、彼が俺のしっぽを触ってくるのも今回が初めての事ではないけれど、それにしても今日はいつもより強い力で握られている。爪立ててないか、おい。
「はいはい、何ですか」
ベッドに座した姿勢から後ろを向けば、俺のしっぽを掴んだ姿勢で赤髪の龍がいつも通りのクールな表情で俺を見る。そのままいそいそと靴を脱いでベッドの上に正座し、少し手に込めた力を緩めて俺のしっぽを撫で始めた。
「くすぐったいんですけど」
「気にするな」
「気になるって。感覚あるんだから」
俺の言う事を気にする様子もなく、彼はただ黙々と俺のしっぽを撫で続けていた。
俺はケルルト。授業を抜け出しカバリア島へ渡ってしまった不良生徒を追いかけて島へやってきた新米教師だ。『トリックスター』になるためのゲームに参加するための決まり、『参加者は全員動物の格好をしなくてはならない』に則り、あらいぐまの耳としっぽをつけて日々生徒達を探し冒険にいそしんでいる毎日だ。
コスプレってどうなんだ、と思ったこの格好も最近は随分と馴染んできたように思う。かなり大きいしっぽの重量が腰にないと――ある程度時間が経つと耳としっぽは着脱可能になる――どことなく落ち着かなくなってきた自分の変化に苦笑する。メガロカンパニーの技術を結集して作られたこれらのコスプレ装備は不思議な事に、装着している者の感情の機微を察知するらしく本物の動物の部位のように器用に動く。装備している間はそれらの部分に感覚も備わるというハイクオリティ加減だ。だから仲間の彼が俺のしっぽを掴めば、それは尾てい骨あたりを伝わってちゃんと俺に『触られた』という信号となって届くわけで。
で、このコスプレ姿に馴染むくらいの時間を経るうちに俺に出来た仲間がこいつ。普段はフォンと呼んでいる彼のフルネームはフォン・ド・ヴォーという。俺達の世界で言えばどう聞いても子牛の出し汁なわけだが、彼の部族ではちゃんとした由緒のある名前らしくその事をツッコむとかなりの勢いで怒る。それを除けば普段は冷静で落ち着いた振る舞いが多く、多少天然も入っているようだが知識豊富という面では頼りになる仲間だ。
彼のこの島での姿は龍。頭からは蝙蝠に似た羽根が生え、腰からは俺のしっぽに負けず劣らず大きな爬虫類系のしっぽが生えている。回復・攻撃双方の魔法を扱う神秘の存在としての彼に似合っていると思う。そう言えば彼の生まれもジプシーがどうの、って話だったな。あまり深く聞いた事はないけれど。
「なんかさ、しっぽ撫でるの、趣味?」
「そうでもない」
やはり俺のしっぽを撫でながら淡々と返すフォン。そうでもないとか彼は言っているが、彼にこうしてしっぽを撫でられた回数は俺の記憶している限り十や二十ではない。
「なんかもう、慣れたな」
「じゃあいいじゃないか」
「良くない。撫でられるこっちの身にもなってくれよ」
「気にしなければいい」
「気になるから言ってるんだって! たまには俺じゃなくて他の子のしっぽにしろって!」
気持ち声を大きくした俺に、いつも通りの視線を寄越しながらフォンが呟いた。
「僕に犯罪者になれっていうのか」
他の子、という言葉から女性相手にしっぽを撫でる行為を想像したのだろう。流石にそれはセクハラもいい所だ。
「いや、状況的に考えろって。ツヴァイラとかショルとかいるだろ、触らせてくれそうな奴が」
男友達の牛と獅子の名前を出した。だがやはりその事を彼が検討するつもりはないらしく、今度は俺のしっぽを膝の上に乗せてやわやわと撫で始めた。くすぐったい、くすぐったいんですけど本当。
確かにボリュームで言えば俺のしっぽが一番触り心地良さそうではあるけど、そんなにいいもんなのか、これ。
「ああ、分かったよもう。しばらく貸しとくから、好きなだけ触っててくれ。シャワー浴びてくる」
腰からしっぽを切り離し、パーツと化したそれをもふっと彼に投げつけた。ぬいぐるみを抱えるようにして俺のしっぽを受け取ったフォンは最初きょとんとしていたものの、それをめいっぱい撫で始める。外した耳をチェストの上に置くと、俺はこの間セルを増設して作りつけたばかりのバスルームに入りシャワーで身体を流した。
さっぱりとした気分で部屋に戻ってくると、フォンは俺のしっぽを膝の上に乗せたままじっとしていた。俺が来たのに気づくと、しっぽを抱えた姿勢でそれをこちらに寄越そうとする。
「ん? いいよ。もうしばらく持ってて」
「いい。返す」
「今日はこのままでいようかと思うんだけど」
「つけてくれ」
「つけてくれって、何で……」
やはりどこか噛み合わない会話を遮るように、差し出されたフォンの手がほんのりと淡い光を放つ。蒼く変化した光は大きな輪になり、突如俺に向かってきたかと思うと――いきなり俺の身体を締め付け、そのまま力任せに俺をフォンの座っているベッドへと引き寄せた。
「おいっ!? マジックリングの使い方違うだろっ、こら!?」
どうやって習得したんだこんな使い方、と叫ぶ俺の腰にフォンがしっぽを付けた。そして手際よく耳も頭に付けられて、赤いジャケットは羽織っていないもののいつもの俺が出来上がる。そしてまた、フォンは俺のしっぽをもふもふと撫で始めた。その口元が気持ち満足そうに微笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
「あーもー、何なんだよ全く」
はああ、と大きな溜め息を零すとフォンがしっぽを撫でる手を止めた。
「……迷惑か」
「迷惑ってか、何でそんなにもふもふもふもふ撫でられるかが分からない」
「……そうか」
「しっぽ渡したじゃんさっき。なのにさ、何でまた俺にこれくっつけて寄越すわけ? しかもそれ撫でるわけ? しっぽだけ撫でてる方が合理的だろ、どこへでも持っていけるし、抱き枕の替わりにだってなるし?」
まくしたてた俺に、僅かに不満げな表情でフォンが答えた。
「しっぽだけじゃ、動かない」
確かに、装備されている状態でなければこのしっぽの感覚センサーは働かない。俺の意思があって初めてこのしっぽは身体の部位として動き出す。……それが気に入ってるのか。
「動くのがいいんなら、自分のだっていいだろ。そっちのしっぽだって大きいんだし撫でれない事はない。何なら俺が撫でる?」
茶化すような口調の俺の発言に、フォンの手に力が加わった。
「あてっあてててて」
しっぽに爪を立てられる。機嫌を損ねてしまったようだ。ある意味分かりやすくていいけれど、何がそんなに気に入らなかったんだ。
「……これがいいんだ」
「ん?」
不機嫌そうな表情をちらりとこっちに向けた後、視線を逸らし小さな声でフォンが呟いた。
「僕のしっぽは、触っても……気持ちよくない」
不機嫌そうで、どこか悔しそうなその顔には僅かな照れが滲んでいた。
「ぷっ」
思わず吹き出してしまった俺に、赤い髪を揺らしながらフォンが声を上げた。
「何がおかしい!」
「お、おかしいってか……そか、そういう事だったのか。俺のしっぽが触り心地いいの、ひょっとして羨ましかったんだ?」
「……」
肯定の言葉を口に出来ない代わりに、フォンが俺とは逆の方向を向いてぎこちなく瞬きを繰り返した。どことなく大人びた雰囲気があるけれど、実際は俺が教えている生徒達と大差ない年齢の彼。そのフォンが見せた反応が可愛く見えたのは、俺が教師、そして年上としての立場から彼を見ているせいだろう。
「なあ、ひょっとしてさ。フォンはただしっぽが好きなんじゃなくて、俺がつけてるしっぽが好……」
ぎゅうう、という擬音がつくくらいの勢いでしっぽが握り締められる。
「あたたたたた」
口ではこう言っているが、気持ちの部分では痛みは前ほど気にならなくなっていた。むしろそんな風に俺のしっぽを気に入っているフォンの気持ちが、なんだか心地よく感じられた。
「分かった。さあ好きなだけ撫でていいぞ。気の済むまで」
「……いい」
「んー? 気にするな、これがいいんだろ?」
「いい。もう触らない」
彼が抱えていた小さなトラウマ。嫌いではないのだろうけど、触り心地がほんの少し気に入らない龍のしっぽは、どことなく落ち着かない様子でぴくりぴくりと動いている。
「遠慮するなよー。こっちがいいって言ってるんだから」
「もういい!」
子供のようにぷいとそっぽを向いてしまったフォンの頭を撫でる。撫でられるのを拒む事なくじっとしているフォンに、俺の口からこんな言葉が漏れた。
「そのしっぽはフォンに似合ってる。格好いいじゃないか。俺は好きだな。俺のしっぽを気に入ってくれてるなら、それも嬉しい。しっぽならどれでもいいんじゃなくて、俺のがいいんだな、フォンは」
「…………」
言葉による返事がない代わりに、しばらくしてからフォンはまた俺のしっぽを撫で始める。俺も時々彼の頭を撫でて、彼の甘えを受け入れた。
お互いを撫でるリズムはやがてシンクロして、同じ心地良さを生み出すに至った。

こんな日常も悪くない。
そう思った、カバリア島でのとある出来事。


END