alive(コロッケ一家 GBA1ED後のおはなし)

「ねがい、ききとどけた」
その声が響くと共に、澄み渡っていたはずの空が暗雲で覆われる。
彼らを吹き飛ばそうとするかのような突風がどこからともなく吹き荒れ、身体の小さなコロッケが風に押されて後ずさる。
その場に集まり来る力は不可視のものでありながら圧倒的な存在感を湛える、ヒトの力を超えた何か。
コロッケの肩を抱きとめながら、渦を成す気流の中心へとフォンドヴォーは目を凝らした。
切り裂くように唸る風のせいで視界さえ霞むその先に、僅かずつ光が集まりゆくのが見える。
奇跡を目にしていた。
再びの孤独に身を置いたあの日からずっと願い続けたことが、コロッケと共にずっと追いかけ続けた思いが、
禁貨の力を以って今、ようやく現実になる。
光はやがて人の輪郭を形作る。記憶の中にあるあの人影を。
そしてキィン、と音を立てたかと思うと二人の視界を焼き尽くすかのような輝きを放った。
叩き付けるような突風が再度押し寄せ、砂埃があたりを埋め尽くした。
「うわぁっ!」
「くっ…!」
白色に染まった世界から荒れ狂っていた風が消える。
ようやくの事でフォンドヴォーがそっと目を開く。
目を瞬かせて凝視すると、ぼやける景色の中に新たな存在を見つけた。
短い髪にヘッドギア。鍛えられた体躯。
向こうを見ていた人物がこちらの気配を察したか、ゆっくりと振り向いた。
そこには忘れもしない、左目の傷痕。
「…とう…さん?」
コロッケの震える声に、彼が一歩踏み出した。
「…コロッケか」
失う前と何一つ変わらない笑顔。
「父さん!父さ――――――ん!!!」
いてもたってもいられなくなったのだろう。大声を上げてコロッケがバーグへと駆け出した。
駆け寄ってきた息子を屈みながら強く強く抱きしめ、バーグは深い笑みを顔に刻む。
「でっかくなったなあ。ん?
 なんだか随分久しぶりだな、コロッケ」
父の言葉に答える事も出来ず、コロッケはただわんわんと泣くばかり。
今までの旅路で彼が一度も見せた事のない涙だった。
そんなコロッケの様子を見て、大きく安堵の溜め息を吐いてフォンドヴォーが空を仰ぐ。
ちょうどその瞬間、彼らを見守っていたバン王が青空に溶けるように消えた。
「…ありがとうな」
偉大なる存在に感謝を送りながら、フォンドヴォーはしばし目を閉じる。
そして、再びゆっくりと目を開いた。
バーグはコロッケの頭を撫でながら、嬉しそうに微笑んでいる。
コロッケの涙が納まってきたのを見計らって、フォンドヴォーはゆっくりと親子に近づいた。
何年も会っていなかったバーグその人がフォンドヴォーを見る。
一呼吸ほどの間を置いた後に、バーグは静かに尋ねた。
「フォンドヴォーか」
「…はい」
頷いたフォンドヴォーに、すぐさまにっと笑うとバーグが腰を上げた。
「なんだ、お前も随分でっかくなったなあ。
 オレがいない間に何があったんだ」
あまりにも明るいバーグの口調に、そりゃもう大変だったんですよ師匠、という言葉が喉まで出かかったが
それはフォンドヴォーの胸の内を占める感情に掻き消された。
フォンドヴォーは笑っていた。歯を食い縛りながら。
そうしなければコロッケと同じように全てがほとばしり出てしまいそうだったから。
喜びだけではない。今までに積み重ねてきた孤独、悲しみ、時間、全てが一気に押し寄せて
ずっと忘れていた涙の存在を彼に強く味あわせていた。
それはフォンドヴォーがひとつの事実を心の内で理解しているからでもあった。
昔と全く同じようには戻れない、という事を。


伝説のバンカー、バーグの存在を世界が失った日。
幼いコロッケは一人で生きる事を余儀なくされ、バーグの死を遠くで伝え聞いたフォンドヴォーは
師匠を失い、再び一人になった。
それから二人は別々に生きながら、バーグの命を蘇らせる事、バーグの仇を討つ事を生きる支えとして
やがて禁貨の存在に導かれるようにして再会を果たし、ついにはこうして願いを叶えた。
二人が追い求めた父、そして師匠は確かに今二人の前にいる。
けれど、残酷に過ぎていった時間までを巻き戻す事は出来ない。
それは結果として二人のバンカーを育て上げる結果になったわけだが、少年から青年へと成長を遂げた
フォンドヴォーにとって、バーグという人の存在は確実に意味を変えていた。
父のような人。大好きな師匠。
けれど、もう甘える事は出来ない。フォンドヴォー自身がそれを許さない。
師匠を失った自分より、もっと辛い思いをしてきた存在がここにいるから。
今バーグに甘えるべきはまだ子供のコロッケに他ならない。
純粋にバーグの復活は嬉しい。それを喜ぶだけでいいのだ。
なのに、どうして胸にはこんなにも強くくすぶる思いが残るというのか。
甘えたいわけではないのに。
寂しく思う理由なんかこれっぽっちもないというのに。
頭では理解しているのに、心の底で相反しつづける感情のやりどころが分からず
せっかく生き返ったバーグに、フォンドヴォーは真っ直ぐ視線を向けられないでいた。
と、バーグが手を伸ばしてフォンドヴォー愛用の帽子を取る。
「昔は頭撫でるのにちょうどいいくらいだったのにな」
笑いながらぽん、と帽子をフォンドヴォーの頭に戻した。
「父さん、フォンドヴォーが父さんを生き返らせたんだよ!
 バンカーサバイバルでフォンドヴォーが優勝して、禁貨をいっぱいもらったから、オレ達の願いが叶ったんだ!」
「生き……。…そうか」
コロッケの言葉に全てを察したか、バーグの目がすっと細まる。
黒マントの男に一度自分が殺されたという事実を現実のものとして受け入れたバーグの表情に影が落ちた。
「師匠」
バーグの変化にフォンドヴォーが呟く。
だが、次の瞬間にはバーグはにまーっと笑顔を貼り付けていた。
「いやあ、参ったな。自分が本当に死んでたなんて、誰が信じるんだ?
 でもまあ、お前達がこれだけでっかくなってるって事は本当の事なんだろうな。
 オレが死んで、お前達がオレを生き返らせるために禁貨を集めてたってわけか。
 そりゃ時間も経つよな。息子も弟子もでっかくなるわけだ、ははははははは」
全てを吹き飛ばすような能天気な笑い声。
悩むより動け、苦しむくらいなら笑えがモットーの伝説のバンカー、バーグにとっては
自身が死んだ事への後悔よりも、自分がいない間に息子と弟子が成長を遂げた事と
再び生き返って二人に会えたという現実がある事の方がよっぽど驚きで、かつ嬉しかったようだ。
「く…はは、はははははは」
今までの空気とはあまりに場違いな笑い声に、フォンドヴォーから思わず笑いが漏れる。
フォンドヴォーの感じた悩みなんて、師匠にかかればあまりにもちっぽけな事でしかなかった。
それが何よりも嬉しかった。バーグという人が全く変わっていない証明そのものだったから。
やっぱり、この人にはまだまだ追いつけそうにもない。
その事がたまらなく幸せだった。
「はは、あはははは!あははははははーっ!!」
二人につられるように、コロッケが一層大きな声で笑い出す。
本当に久しぶりになる三人での笑い声がしばし続いた。
バーグの弟子である事を心底嬉しく感じながら、フォンドヴォーは腹の底から笑った。
笑えなかった今までの時間を全て打ち消すように。


「それじゃ、俺は行きます」
数時間の後。
旅支度を整えたフォンドヴォーが愛用の棺桶を背負い立ち上がった。
「フォンドヴォー、本当に行っちゃうの?
 もう少し一緒にいればいいのに」
引きとめようとするコロッケの頭を撫でながら、いつもの微笑みでフォンドヴォーが言う。
「いいんだ。俺はまた修行の旅に出る。
 …いつか、師匠と肩を並べて戦えるバンカーになるために、な。
 そのためには少しでも早く修行を再開したいんでね」
本当はコロッケを心置きなくバーグに甘えさせる意味もあるフォンドヴォーの出立だが
そこまでの意味をまだコロッケは気取る事はできなかった。
「そっか…うん、分かったよ。
 でも、また必ず会えるよね?」
「ああ。俺達がバンカーでいる限り、きっとどこかで出会うさ。
 …その時は」
言葉を途切らせ、視線を投げかけた弟子にバーグは親指を立てて応えた。
「おう。いくらでも相手になってやるぞ、かかってこい。
 生半可な修行で勝とうなんて思うなよ?」
バーグの返事にフォンドヴォーが小さく頭を下げる。
そして帽子をかぶろうとしたその時、バーグの手がフォンドヴォーの頭を撫でた。
驚いて顔を上げると、そこにはいつものバーグの笑み。
「大人になったな。フォンドヴォー。
 …いや」
ほんの少しだけ、悪かったな、と言いたげな視線。
「大人にさせちまったな」
「!」
バーグの言葉にフォンドヴォーの呼吸が止まる。
彼の元を去ってからも、バーグがフォンドヴォーを気にかけていたという事実が集約された一言。
ずっと傍にいられなくてごめんな、と告げるバーグの眼差し。
それはもう甘えられる齢ではなくなったフォンドヴォーへの、親として、師匠としての小さな後悔。
今までのフォンドヴォーの孤独を埋めるにはあまりにも十分過ぎることばだった。
「違…違います、俺は」
慌てて首を横に振ったが、それ以上の言葉はフォンドヴォーの口からは紡がれなかった。
言葉などではもう彼の中にある感情を表すことなど出来はしない。
この人はずるい、とフォンドヴォーは胸の内で吐き出す。
何も気にかけていないような素振りで、そのくせこちらの全てを見抜いているかのような。
その飄々とした魅力に惹かれて弟子になったのだけど、それでも。
そんな風に『頑張ったな』なんて言わなくたっていいじゃないか。
暗にごめんと言われても、フォンドヴォーには今まで過ごしてきた時間が全てなのだ。
バーグへの感謝こそあれ、彼を憎んだ事なんて一度もないのだから。
(生き返った途端にこんな不意打ちなんて卑怯だ、師匠)
あまりにも苦しいから、嬉しいから、今ここで貴方に甘える事はしない。
素直にありがとうなんて言葉は口に出来ない。
視線を下に向けてしまった愛弟子の頭に、バーグはそっと帽子をかぶせてやる。
「ん。頑張れよ」
紅い前髪に少しだけ手をいれ、そしてバーグはフォンドヴォーの背中を棺桶ごとバンと叩いた。
その一撃に押し出されるようにフォンドヴォーが一歩踏み出す。
こうして背中を押してくれるのも、やっぱりこの人の他にはいないのだ。
今までもこれからも変わらぬ事実にフォンドヴォーから大きな溜め息が漏れる。
そして、自然とこぼれたいつもの笑顔で彼はバーグとコロッケに向き直った。
「行ってきます」
軽く手を振り、帽子を直すと振り返る事はせずに歩き出す。
大切なものを失わぬために、再び開けた道を踏みしめて。
新たな旅路への期待がフォンドヴォーを誘い始めた日。

物語は、再び、巡り始める。


END