volare(バーグ&タロ)

VS with Y様


いつから、人は大人になるのだろう。
いつまで、人は夢を追いかけてゆけるのだろう。

「ほ~~~~おおおおりゃあっ!!!」
バキバキバキバキ………ィィッ。
森を揺るがす轟音が響き、振動に驚いた鳥達がせわしく空へと逃げてゆく。半分に裂けた木の幹がどしんと音を立てて地に伏す。素手で大木をまっぷたつにした男が満足そうに腕を組むのと同時に、目にも鮮やかな彼のアフロがもさもさと揺れた。
「また派手にやりましたね、師匠」
茂みの奥から顔を出した短髪の青年が倒された木を見て頭を掻く。
「いちいち枝をへし折るのも面倒じゃからの。それにこの木はもう永くはない。ほれ」
師匠と呼ばれた男、バンカー・タロが倒した木の内側を指差して言った。見れば確かに、木の随所に朽ちた部分や病気のため生々しく腐りかけた部分が見受けられた。
「こういう木をそのまま放っておくと周りの木にも病気が移る。バーグ、ここいらへんにある木を調べるぞ。同じような症状の木は中が空洞になりかけておるから、叩けば音の違いで分かる。今日はここでキャンプにしよう。火を炊いて木につく菌も払っておかんとな」
「分かりました。あ、水、見つかりましたよ。美味そうな魚がいる湖が近くにあります」
「ほお、朗報じゃな。今夜の夕飯は焼き魚といくか」
「任せといてください」
タロが薪にするための木を探している間、弟子のバーグは食料と水の確保のため水源と食べられそうなものを探して回っていた。ひとしきり木を調べ弱った木をぶち倒して薪にした後、二人が辿り着いたのは対岸がようやく見渡せるほどの大きさの湖。澄んだ水の中には大きな魚が群れをなして泳いでいたが、二人の気配に湖の中央へとさっと逃げていく。「全部捕ってしまってはいかんぞ」
「分かってますって。……はああぁっ!!」
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃっ!!
バーグが水面に触れるか触れないかくらいのところへ手を差し出し、気合の声を上げるのと同時に湖の中央に向かって間欠泉のような勢いで水が垂直に噴出した。水にバーグ自身の気を伝導させる事で全体に強力な衝撃を生み出したのだ。やがてその衝撃にやられた魚がぷかり、ぷかりと浮いてくる。大小合わせても二人の一日分の食料には十分な数だ。
「ほっほっほ、大物がかかったぞ!でかしたなバーグ」
湖にざぶりと飛び込み、波紋に揺られながら岸へと近づいてくる魚を担ぎ上げて―――タロの相応に大きい身体で担ぎ上げるほどの大物が一匹いた―――タロがかっかっかと笑った。放り投げてよこされたそれを手際よくバーグがロープで縛り持ち帰る準備をする。燻製にしておけば保存食にもなるだろう。大きな木の葉に木の実と一緒にくるんで、包み焼きにしても美味い。料理法を考えているうちにバーグの腹がグウと鳴り、弟子と師匠は互いに顔を見合わせて笑った。

「はあー、食った食ったぁ~」
「うむ、今夜はよく眠れそうじゃわい」
相当な数の魚を腹に入れ込んだ二人が大の字になって寝転んだ。
「でも師匠、食後の稽古がありますよ」
「むう。まあ、今日は特別じゃ。こういう時間も悪くはない」
立ち上る焚き火の煙が溶けてゆく夜空を見上げながらタロが言った。鍛錬を欠かさない師匠が食後の稽古をしないなんて珍しい、バーグがそう思っているとタロからこんな言葉が飛んできた。
「のう、バーグ」
「何ですか、師匠」
「おぬしは、どこまでゆくつもりじゃ」
「えっ?」
上半身を起こしてバーグが師に視線を向ける。サングラスの奥底の瞳は空に向けられたまま、どこか遠くを見ているようでもあった。
「強さを求め、己を鍛え、禁貨を集めて夢を叶える。それが我々バンカーの定めじゃ。だが」
タロが大きく深呼吸をし、ゆっくりと言葉を続けた。
「時々思うのだ。禁貨は強い者の願いを叶える。その強い者が善であろうと悪であろうと関係なくじゃ。そのような強大な力が世界にあり続ければ、それを巡って争いも起ころう。戦争は力の弱い者を否応なく傷つける。火種になりうる力を、わしらはこれからもずっと求め続けて良いのか?我々バンカーというものそのものを、伝説にしてこの世からなくしてしまう方がいいのではないか……とな」
いつになく真剣なタロの言葉に、バーグも目を閉じて沈黙した。
禁貨を集めた者の願いをバン王が叶えてくれる。それはこの世界の夢物語であり、人々の希望でもある。だが、タロの言う事も一理だとバーグは思った。過ぎた力を持った人間がいつまで正義に身を寄せていられるかなど、歴史を見ればその答えは明白。血を争う戦い。力を巡る争い。一介のバンカーにはどうすることも出来ない国家単位での権力闘争に、この夢物語が利用されてしまう日もいつかは来てしまうのかもしれない。
「えっとですね。オレ、とりあえずやりたい事があります」
「うむ?」
「やっぱり、もっと強くなりたいです。バンカーとして」
はっきりと言い放ったバーグの言葉に、タロが小さく眉をしかめた。彼は若い。追いかけたい夢もあって当然だろう。無論自分の考えを強制するつもりはないし、それがバーグにとっての原動力となるなら良かれとも思う。まだバーグには早い話じゃったか、タロがそう思って再び夜空を見上げた。
「それから……家族が欲しいです。師匠んとこみたいな、あったかい家族」
「むっ」
「可愛いっすよね、お孫さん。ポーちゃんとテトちゃんでしたっけ」
こう見えてタロはれっきとした家庭もちである。そしてついこの間、二人目の孫が生まれたからとバーグを連れて家に立ち寄ったばかりだった。小さな孫の姿を見るタロの顔はバンカーとしてではなく、どこにでもいる孫バカな祖父のそれだった。
「まだ、先の事だからどうなるかなんて全然分かんないですけど。元気な子供がいいなあ。その子がもし禁貨を探したいって言うなら、オレも一緒に探しに出ます。あ、あと弟子ってのも一人くらい欲しいかな。オレが師匠に教わってるみたいに、オレもいつか弟子とれるくらい強くなりたいっす」
「ふ……ふはは、ふはははははは」
随分と的外れである意味夢見がちな、しかしバーグらしい希望論に思わずタロは声を上げて笑った。
「何じゃ、おぬし。意外と現実的だったんじゃの」
「いやー、現実的って言うか……師匠見てたら羨ましくなったんです。本当ですよ」
ぽりぽりと頭を掻き、バーグが照れたように言う。
「もちろん、強くなりたいです。でも、ただ強くなるんじゃなくて、大事なものを守れる強さがあるといいな、って。仲間とか、家族とか、そういう人がいてくれたらもっと頑張ろうって思えるから。オレだって……いつまでも、師匠に甘えてるわけにはいかないし」時間はとめどなく過ぎてゆく。しかし永遠ではない。タロに出会い彼に師事するようになって相応の時間が過ぎたが、やがてその先には独立という名の別れもこよう。もちろんそれは永遠の別離ではないけれど、その先には自分で選ぶ道程が待っている。決して誰にも見通す事の出来ない未来という道へ踏み出すための道標として、バーグが求めているのはあたたかな他人の存在だった。
「そうじゃのう……確かにそうじゃ」
力を求める者は次第にその力の大きさに溺れる。小さくて弱い存在だった過去の自分を都合よく忘れ去ってゆく。庇護するべき小さな命がどれほどこの世界にあって、それらがどれくらいこの世界を支えているかという当たり前の事に目もくれなくなる。人は弱い生き物だ。その弱さを忘れないでいて初めて、守ろうという気持ちも強くなりたいという願いも抱え続けていける。自分を見ていてくれる人がいると信じ続ければ、一人でいるよりずっと強い力を抱き続けられる。果てしない夢を追いかけていけるのだ。かつて未来からやってきた、騒々しい彼らがそうであったように。
大人としての器を手に入れたバーグ。だがその眼差しが見ている夢は、過去にコロッケ達と旅したあの時間から全く変わってはいなかった。この青年ならどこまでも、どこまででもゆけるのではないか。そんな予感に、タロが小さく零した。
「大丈夫じゃ、バーグ。おぬしなら出来る。一流のバンカーになれる。わしが保証する」
「へっ?もう太鼓判ですか?」
予想外のタロの褒め言葉に目を丸くしたバーグに、タロがにっと笑った。
「もちろん、何もせずに強いバンカーになれると思うてはいかん。一に鍛錬二に鍛錬、三四に食事五に休息じゃ。よし、さっそく稽古をつけてやるとするか」
「え~?今日は食後の稽古なしって…」
「おぬしが強くなりたいと思っておるからこそ鍛えてやるんじゃい。ほれほれ、とっととかかってこんか!」
すっくと立ち上がり、タロがバーグに挑発じみた手招きをする。しかし稽古そのものには微塵も嫌がる様子を見せず、バーグもさっと身構えるとにやりと笑い、拳を握り締めると力強く地面を蹴った。
「油断してると、痛いの食らいますよっ!」
「やれるもんならやってみぃっ!」
それから数刻の間、森には熾烈な攻防の音が響き続けたのだった。

この後、さして時間を置く事もなくバーグはタロの元を離れる事となる。バンカーとしての宿命に導かれるように、ビシソワーズ一家という悪と戦うために。
そして、青年はいつしか伝説のバンカーと呼ばれるようになり。
「ぶぇくしっ」
「は、っくしゅん!」
「おいおい。二人して季節外れの風邪か?」
不思議と同じタイミングでくしゃみをしたコロッケとフォンドヴォーにウスターが肩を竦めた。
「いや、そういうわけじゃないんだが。なあコロッケ」
「何か、誰かに呼ばれたみたいな気がしたなぁ、今」
「お師匠様が天国から二人を心配してるんじゃないのか」
リゾットの発言にコロッケがけらけらと笑う。
「あはは、そっかも~。父さん、オレ達の事ずっと見ててくれてんのかな!」
「師匠に心配かけるようじゃまだまだだ。もっと強くならないとな、コロッケ」
「うん!そーだね!見てて父さん!オレ、父さんに負けないくらい強くなるからねー!」青空に向けてコロッケが差し出した禁貨が、陽光を跳ね返してキラリと輝いた。



『ありがとうございます、師匠。オレ、最高に幸せでした』


END