シークレットメッセージ(ウスター×リゾット)



「ウスター様!そのような事は手前どもの役目ですので、どうぞこちらにお任せになって…」
「いーっていーって。たまにゃこんな事するのも気分転換になると思うしさ、自分らの部屋の片付けくらいやらせてくれって。オレのワガママでおねーさん達に迷惑かけるのもあれだから、軽く一段落したらまたそっちに続きはお願いするけど、いっかな?」
「さ、左様ですか……それでは、昼までにこちらの廊下の壁に掃除道具を立てかけておいていただければ、以降の仕事は私達で引き受けますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「はいよっと」
オレの言葉にぺこりと礼をすると、グランシェフ城付のメイドさんは廊下を歩いて別の部屋の方へと向かった。多分別の部屋を掃除しながらオレの作業が終わるのを待つんだろう。そつなく仕事をこなす働き者な部分も素敵だけど、たまにゃああいう娘のプライベートな一面も見てみたかったり。
リゾットが一日フリーになる予定だったこの日、二人でどこかへ出かけるかなんて話をオレ達はしていた。が、突然今日中にこなさなくてはいけない国の仕事がリゾットに舞い込み、彼は朝から忙しく街中へと出かけていった。一人ヒマな時間だけを抱え込んでしまったオレは、気分転換にと部屋を掃除に来たメイドのおねーさんに頼み込んで、部屋の掃除を自分でやらせてもらう事にしたってわけ。
リゾットの仲間という事で特別扱いをされているオレがいきなり掃除をやるなんて言い出したもんだからおねーさんを困らせてしまったものの、オレの部屋とリゾットの部屋だけ掃除したらすぐに道具一式を返すという条件で提案をのんでもらう事が出来た。さあ、言ったからにはちゃんとやらねーとな。無駄なやる気に任せてジャケットを脱ぎ、愛用の鈴も外してシャツの腕をまくると、オレは雑巾を水の入ったバケツに放り込んで硬くしぼるところから始めた。
「タンスの上や窓のさんなんかもちゃんと拭かねーとなあ。あらよっと」
メイドさんが掃除用にと持ってきていた小さな脚立を借り、自分が寝泊りしている部屋の掃除にかかる。小物をどけてタンスの上を拭き、そのまま本棚の上やテーブルの上、椅子の背もたれに至るまで気がつく限りの場所を雑巾で拭いていく。
「よし、次は床だな。箒、箒っと」
あまり持ちなれない箒を手にそれなりの広さがある床を掃く。ベッドの周りに散らばったオレの毛は箒ではなかなか綺麗にならず、さぞかし掃除担当のメイドさんを困らせているのだろうなどと実感したりしながら、ようやくの事で自分が寝泊りしている部屋をそこそこ綺麗にする事が出来た。一度バケツの水を捨てて雑巾もゆすぎ、次はこちらだとリゾットの寝室に掃除道具一式を抱えて突入した。
「さすが王子様、いつ来ても綺麗なもんだぜ」
部屋の大きさはオレと同じなのに――一国の王子の部屋と同じサイズの部屋を一介の猫バンカーであるオレが借りられているというのも妙な話だが、これはリゾットの配慮によるものだ――パッと見からして、リゾットの部屋は余分な物が殆どない理路整然とした印象を醸し出している。王子だというのに最低限の衣類だけがクローゼットにきちんとしまわれており、この部屋に時折増えるものと言えばグランシェフ国内の政治だの諸事業だのにまつわる書類くらいのものだろう。
「毎日これじゃ、メイドさんもあんまり掃除するようなとこないんじゃねーの?」
見てみればやはり、オレの部屋に比べて目に見える埃なんかはかなり少ない。それでもひととおりの掃除をこなし、オレは全ての掃除道具をメイドさんに言われたとおりに廊下の壁に立てかけて、気分転換を終えた。
最後に、部屋の換気のために窓とドアを適度に開ける。気持ちいい風が入り込んでリゾットの部屋のカーテンを揺らした。開かれた窓からはグランシェフの街並みが一望できる。あいつは今、この街のどこかで忙しく仕事をしているんだろう。
「……ま、しょーがないよな」
国民の為にいくらでも身を削れる仕事熱心な王子様に、オレが出来る事なんてただこうして待つくらいのもんだ。疲れたって言葉さえ言わないような頑張り屋を、今日くらいは休ませてやろうと思ってたけど、リゾットが一息つけるのはまだまだ先の事になるんだろうな。
「いい子で留守番してっから、早く帰ってこいよな」
オレが寂しいからじゃなくて、本当そうしなきゃいつかブッ倒れちまうぜ、あいつ。
そんな風にオレが一人ごちている室内に、ビュオ…と大きな風が吹き込み、リゾットの机の上にあった書類を数枚パラパラと散らした。
「やべっ、これ失くしたらリゾットに怒られるっ」
大事な書類が部屋の外に出てしまわないよう、オレは大急ぎで飛ばされた書類をかき集めた。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。確かもう一枚飛ばされたはずだ、とリゾットの机の下を覗き込むと、ゴミ箱の影にその一枚は見つかった。
「お、あったあった。ああ、ゴミも捨てておかなきゃだよな」
やり忘れていた掃除の過程に気づき、オレはゴミを入れるための袋を持ってきてゴミ箱の中身をその袋に移そうとして。
ゴミ箱に捨てられているのが、普通の紙ではない事に気づいた。
「? 便せんか、これ?」
書類用の羊皮紙ではない、色のついた紙が何枚もくしゃくしゃにされて捨てられている。リゾットが誰に手紙を送るかなんてのはプライベートな事だし、それをあいつが不在の間に盗み見るなんてのはいくらなんでも行儀が悪すぎる。
悪すぎる、んだけど。
「……まさか」
丸められた便箋の隙間に見えた、やや大きめのWの文字。オレの名前を書くとき、真っ先に出てくるのはこの文字だ。
オレ宛かもしれない。そう思った瞬間、この書き損じの手紙を見過ごす事が出来なくなっていた。
「ちょ……っと……だけ、な?」
爪の先でそろーっと手紙のひとつをつまんで、Wの文字のところから、そろそろーっと手紙を開いていった。

『ウスターへ
 お誕生日おめでとう。
 ウスターが生まれてきてくれた事を、オレは心から感謝してる。
 
 大好きなウスターに、似合うプレゼントを~~ ~~ ~




文章をそれ以上思いつかなかったのか、それ以降はぐしゃぐしゃっと乱雑にペンが踊った落書きが記されていた。
「…………あ?」
そして、その手紙を見て、オレは気づく。
「そっか。今日、オレの誕生日だっけ……」
ああ、そうか。だからしばらく前から、この日は休みをとれそうだからって、リゾットが何度も言ってたのか。
オレ自身ころっと忘れていた寿ぎの日に向けて、王子様は王子様なりに贈りものやそれに添える言葉を一生懸命考えてくれていたらしい。だがそれはこの大量の丸められた便箋が示すように上手くいかなくて、そのまま当日彼は仕事に出かけるはめになってしまって。
とにかく早く仕事を終わらせようと必死になっているリゾットの姿が、目に浮かぶようだった。
「ごめん。反則だよな」
リゾットが必死にオレのために努力してくれていた事を、こんな形で盗み見てしまったのはマナー違反だと思った。
謝ろう。あいつが帰ってきたら、この手紙を見てしまった事を詫びよう。でも、それを言った途端に顔を真っ赤にするあいつの顔も容易に想像出来て、オレはまた一人笑いをかみ締めた。
「大好きだってよ。あーああ、幸せな誕生日だ、っと」
照れ屋の王子様が生真面目に文字に記した気持ちがあれば、それでもう十分だ。プレゼントだって本当は要らない。リゾットが帰ってきたら思う存分頭を撫でよう。それだけでオレの今日という日は、最高に幸せな一日になる。
「ありがとよ、リゾット。焦らなくていいから、仕事しっかりやってこ……」
「あら、リゾット様がお帰りよ!随分お早いわねえ」
何の偶然か、オレの呟きと同時に外で馬車馬がいななく声がし、リゾットの姿を確かめたメイドの声が聞こえた。
「お、本当に早いな、まだ昼前じゃんかよ」
どんだけ頑張って仕事終わらせてきたんだ、あの王子様は。
ニヤけた顔を撫でて多少落ち着かせ、便箋を全てゴミの袋に入れると、オレは城の玄関へと軽い足取りで向かう。
メインホールの赤いじゅうたんに近づくほどに、こちらへ向かって走ってくるその足音が大きくなってくるのがオレには分かった。


「ウスター!遅くなった、すまない!
 その……これ、ウスターに…!」

「ん?何の話だ?」


END