Rain 2(ウスター×リゾット)



世界一のモテモテ男になる。
そんな目的のためとは言え、今までそれなりに頑張って禁貨を集めてはきた。
だが正直、周りのバンカー達の戦う理由が立派すぎて、時々本気で申し訳なく思うことすらあるのも事実。
弱いからこそ望むもの。
自力で手に入れられないから、魔法の力にかけて願うもの。
名声。栄誉。今までに手にした事のない栄光。
…というには、「モテモテ」はやはり小さいものの気がしなくもないのだが、
このまま単身バンカーを続けていったところで、それが多分手に入らないだろう事は目に見えている。
ちっぽけでいい、自身の意のままになる世界が欲しいと望んでいた男、ウスター。
一瞬の偶然が、彼に気付かせてしまった。
あまりにも近くにあるのに手に入らない、たったひとつの存在を。

「どうすりゃいんだよ」
全身に降り注ぐ雨。
ぼやくウスターの体温を、奴らは容赦なく奪っていく。
だが、もう三十分以上もウスターはそこから動かないままだ。
本当ならグランシェフ城内に設けられたそれぞれの部屋に戻るところなのだが、あそこはこんな気持ちを抱えたまま戻れる場所ではなかった。
「ぶえっくしっ!だぁっ」
くしゃみに続いて、猫の本能で身震いをひとつ。
それでも身体に染み込んだ雨を振り払うことなど出来はしない。
ぼんやりと見やった先には、灰色の雨に霞むグランシェフ城の佇まい。
「もー、このまんまのたれ死んでもいいんじゃねえかあ、オレ」
投げやりに言い放ち、道に放り出した長い足をじたばたとさせる。
水溜りの泥水が音を立てて跳ね上がり、自慢のスーツと尻尾をますます汚した。
「…可愛い顔しやがって。忘れられねえじゃんかよ」
相手に向けた悪態さえ、気持ちの裏返しだと痛いほどに気付かされて。
「馬鹿だー…オレ。
 よりにもよって、あんな…」
薄い唇をぎりりと噛み締める。鋭利な歯が食い込んで、口元に朱を滲ませた。
「手の届かない王子様、好きになっちまったんだ…」
超実力派バンカーにしてグランシェフの王位継承者、リゾット。
コロッケやフォンドヴォーのような実力のあるバンカー達ならともかく、三流程度の力しか持たないバンカーである
ウスターと一緒にいるには、本来不釣合いなはずの人物。
(いや…オレの方が不釣合いなんだって)
再認識する事実に心の中で苦笑いする。
そんな相手がこっちを向くはずもない。
求めたところでどんどん遠ざかってゆくに決まっている。
告白などしたら、彼がウスターに対して持ってくれているであろう仲間としての友情さえ失ってしまうに違いない。
理解されるはずもない。
同性を好きになるなんて。
「筋金入りの箱入り息子だもんなあ…」
けれど、もう他の誰かや、不特定多数などでは替えはきかない。
彼だけを捉えてしまったから。
不器用な猫は己の気持ちに嘘もつけず、口に出して願ってしまったから。
「どうすりゃいい」
何度呟いたかしれない言葉を呪文のように繰り返す。
まだ、伝えてはいない。こちらから告げさえしなければ、全ては何事も変わりなく続く。
丁度明日、バンカーとしてそれぞれが歩み出す所だ。
二度とグランシェフへ戻ってこなければそれで済む話。
「…本当に、それで終わんのかよ」
傍にいたい。抱きしめたい。
見て欲しい。オレの事を。オレだけを。
けれど、そうすることは叶わない相手への想いを、断ち切る事などできるのか。
問わずとも心の内からあふれ出る感情という答えに、ウスターはスーツの胸元を忌まわしげに握り締めた。
会いたい。でも、会ってはいけない。
会いたくない。会いたい。
「くっそ…!」
「こんな所で何してるんだ、ウスター」
「!!」
顔を上げたウスターが言葉を失う。
目の前に傘を持って立っていた相手こそ、今一番会いたくて、そして会ってはいけない人物。
リゾットその人だったから。

「もうみんな城に戻ってるぜ」
「あ、そ」
 そっけないウスターの返答にリゾットが一歩踏み出した。
「随分待ったんだぞ。でもウスターだけ来なくて。
 確かこっちの方で見たと思って探しに来てみたら…どうしたんだ、一体」
「へへ、水も滴るいい男ってね」
地面に視線を向けたままのウスターに、リゾットが手を差し出した。
「冗談言ってる場合じゃないだろ。このままじゃ風邪をひく。
 早く城へ…」
「構うなよ」
 威嚇のための唸り声のような低い声。
「ウスター?」
「オレに構うなって言ってんだよ」
 苛立ちのあらわになった声。
「何言ってるんだ。仲…」
「それがうぜぇっつってんだよ!!」
「!?」
 憤怒と共に、差し出されたリゾットの手を研ぎ澄まされた爪が振り払う。
「もう城には戻らねえ。こっちで勝手に宿を取るさ。
 王子様は城に戻ってあいつらと仲良くしてな」
無造作に言い放ち、重い腰を上げてウスターが歩き出した。
「ウスター!どうしたんだ、さっきからおかしいぞ!?」
「近寄んじゃねえっ!!」
「っ!!」
容赦なく繰り出されたウスターの爪をリゾットが紙一重でかわす。
地面に傘が転がり、リゾットの肩口にうっすらと赤い筋が刻まれた。
「避けたか。次は容赦しねえぞ」
「ウスター…!?」
己に出来る精一杯の殺気を放つウスター。
(頼むから…もう近寄らないでくれ、リゾット)
相反する心の叫びを喉元で押し殺し、いつでも攻撃を繰り出せる姿勢のままで後退し、退路を探す。
だが、ウスターの精一杯の牽制にもリゾットは退く気配を微塵も見せない。
むしろ相手の行動への不信感が募っているからか、いつでもウスターを追撃できる気を張り巡らせている。
(怖ぇな…流石リゾットだ)
熟練のバンカーが成せる一瞬の切り替えと隙のない構えに、ウスターの背筋を雨ではない冷ややかさが貫く。
二メートルほどの距離で殺気を均衡させたまま、二人は水びたしの道をじわりじわりと移動し続ける。
(これで…いけるか)
後ろ手に民家の壁を触ったウスターが薄くニヤリと笑った。
「うらあぁぁぁぁっ!!」
鋭い爪をレンガに引っ掛け、地面を一蹴り。
民家の壁にあった雨どいを蹴って更にその身を高くへと躍らせ、一気に三階立ての屋根の上まで登ると
居並ぶ民家の屋根を次々と渡っていく。
「しまった!」
ウスターの一瞬の行動に息を呑んだリゾットだったが、すぐさま近くの雨どいを掴むとそれを軽々と蹴り、同じように屋根の上に躍り出た。
即座に俊敏なフットワークで屋根を蹴り、ウスターとの距離を詰めるべく追撃を開始する。
雨に濡れた屋根の上を駆ける足音が、すぐに次第にウスターの耳にも届き始めた。
(くそっ、地の利は向こうにありか!)
自分のジャンプ力で渡れる屋根をウスターが選んでいるその間にも、リゾットはウスターを上回るスピードとジャンプ力で
次々と家の屋根を、時にはしまい忘れられたのだろう洗濯物干しのための紐さえも足場にして迫ってくる。
これが一流バンカーの実力か。
(本気のバトルだったら、ちょっと面白かったかもしれねえな)
この状況でそんな事を考えたバンカーとしての自分に、ウスターは苦笑いする。
迫るリゾット。向かっている方向は民家の少ない地帯で、足場が心もとない。
(どうする、また地面に降りるか…
 でもこの街中じゃ、リゾットの方が道を知ってるだろうし)
その一瞬の迷いが命取りだった。
雨に濡れた屋根に、ウスターのブーツがカッと音を立てて滑る。
「う、うわあぁっ!?」
だん、と屋根に横腹から崩れ落ちる。体勢を立て直す事もできない。
そのまま、ウスターの身体は路地へと放り出され宙を舞った。
「ウスターっ!!」
すぐ後ろから差し出されたリゾットの手も届かない。

だぁん。

鈍い音を立て、ウスターは雨の街中へと墜落した。