Rain(ウスター×リゾット)



「無理だって」
暗雲が覆い始めた空を無気力に仰いだ。
「オレなんかじゃ、無理に決まってるだろ…」
グレーの空から降り始めた雨が、やがてスーツを濃い色に染めてゆく。
気づかなければよかった。
内在していた気持ちにこんなにも狼狽している自分自身がほとほと情けなくて、
力なく建物の壁に寄りかかる。
屋根のない建物の壁に雨が伝う。容赦なく、彼の身体を冷やしてゆく。
「…情けねぇ」
涙の代わりに溜め息をひとつ。
ぐしょ濡れになった己の顔を、ウスターは柔らかな手で撫で付けた。


バンカーサバイバルでコロッケと出会い、旅路を共にし始めてから
随分と時間が経ち、いつの間にか仲間と呼べる奴らの数が増えた。
どいつもこいつも個性的で、バンカーとしての腕も確か。
それ以上に、そいつらといる空間は心地よい。
だから、禁貨を集めるという目的を差し置いてでも自分が彼らと
一緒に行動できているのだと、ウスターは分かっていた。
そんな空気も、明日からしばらくはお預けとなる。
戦乱に荒れたグランシェフに平和が戻ってからしばらくの時間が経ち、
明日からそれぞれの目的のために旅に出ようという時だった。

「お?リゾット、買い物か?」
「!」
商人の往来が再開し、活気を取り戻しつつあるグランシェフの
城下町でリゾットを見かけ、ウスターは声をかけた。
一方、ウスターに気づいたリゾットは露天の前でびくっと
肩を震わせると、ウスターに振り返りながら、何かを急いで後ろ手に隠す。
「…何だ、その反応」
「なんでもない」
「妙だなあ。何かオレに見られちゃヤバいもんでも
 買ってるような素振りじゃん」
「べ、別にそんなんじゃ…」
「…だったら、見せてくれてもいいよなぁぁ?」
いつもと明らかに違う様子のリゾットに、にまぁっと顔を
歪めながら近づくと、ウスターは素早くリゾットの背後に回り
後ろ手に隠されていたそれを掴み取った。
「あ、こらっ!」
「いっただき~!…って、なんだ?これ」
手に掴んだ柔らかい感触を広げてみると、それはそれなりに大きな
白い布で、正方形の形をしていた。ふちには銀と黒の糸で
刺繍がほどこしてあり、質のいいものであることがわかる。
「スカーフ、か?」
「返せっ!」
大急ぎでそれをひったくると、リゾットは代金を支払って
スカーフを受け取ろうとし、一言付け加えた。
「…贈り物なんだ。簡単でいいから、包んでくれないか」
「あいよ」
店のおばちゃんが笑顔で袋を取り出し、スカーフを包み始める。
「プレゼント…?
 あ、分かった。フォンドヴォーにだろ。どうよ」
「…」
いよいよウスターと視線を合わせないリゾットの反応に
こりゃビンゴだな、とウスターは口元を吊り上げた。
リゾットが話をする相手でスカーフなんてものを
使いそうなのは彼の父親か、フォンドヴォーぐらいのものだ。
実際、フォンドヴォーはいつも首にタイをしているし。
「…父上と母上を助けてもらったからな」
ぽつり、リゾットが呟いた。
悪党カラスミの配下に下るふりをして、処刑されるはずだった
リゾットの両親をフォンドヴォーが助けたのは、非常に大きい功績といえる。
「まだ、礼らしい礼をしていない。だから、それだけだ」
「なるほどね」
このプライドの高い王子様が、誰かに贈り物をするなんていうのは
ひょっとしたら初めてのことなのかもしれない。
(ま、そういう律儀なとこがリゾットらしいよな)
だから、誰にも気づかれないよう、こんな街中の露店に
足を運んだのではないかとウスターは推測した。
「はい、おまちどうさま」
「ありがとう」
シンプルな箱に入れてよこされたプレゼントのスカーフを
リゾットが受け取りポケットにしまった、その時。

「あ」
横で見ていたウスターが気づく。
とても嬉しそうに、リゾットが微笑ったことに。

「…ほ、他の奴らには言うなよ?
 言ったら意味がなくなるんだからな」
改めてウスターに向き直ると、どこか落ち着かない様子で
リゾットが釘を刺す。
「……」
だが、ウスターはぼうっと立っているだけで返事をしない。
「ウスター?」
「!」
不思議そうに彼を見つめるリゾットの視線。
「…ぁ、ああ、分かった。誰にも言わねーよ…」
言いながら、ウスターが一歩後ずさる。
そのまま身を翻し、ウスターは人の行き交う道に
走り出し、すぐにその姿を消した。
「ウ、ウスター!?」
その場に一人、リゾットを残したまま。
 

(何だよ、一体何だってんだ)
バンカーとして鍛えられてきた肉体は、街中をダッシュで
走り抜けるぐらいでは音を上げたりはしない。
(なんで…あんな顔するんだ、リゾットの奴)
代わりに全身を蝕むのは、混乱という名の感情。
「っ!はぁ、はぁ、はぁ…くそっ…!」
どれくらい走っただろうか、町並みの人影はまばらに
なりつつある。ようやく足を止め、荒くなった息を
整えながらウスターはきつく目を閉じた。
今までに見たことのなかったリゾットの笑顔。
(やめろ…思い出すな)
その笑顔に、突如かき乱された自分の心。
気づいてはいけないとどこかで理解している。
なのに、苛立った気持ちがウスターを急かし続けていた。
(あれはただの礼だ、特別なプレゼントじゃない…!)
スカーフを手にしたリゾットの笑顔は、とても幸せそうで。
「…特別…!?」
思わずそんな言葉がウスターの口をつく。
「違う…違う、違う、違う、そんなんじゃねえ!!」
できる限りに頭を振り、苛立ちに任せてすぐ傍にあった
レンガの壁を全力で殴りつける。だが、拳に伝わるその痛みさえも
ウスターの感情を冷静にはしてくれない。
フォンドヴォーがリゾットの両親の命を救った。
その事に対して、リゾットがフォンドヴォーに感謝の気持ちを
示すために贈り物をする、ただそれだけ。
誰にだって当然と思えるプレゼントの理由。
なのに、何故それに苛立ったりしなくてはいけないのか。
「リゾッ…」
彼の名前を呼びかけて、ウスターがはっと口を押さえた。
(…嘘だろ…!?)
気づいてしまったからだ。
彼に執着している己の存在に。