真夏のカルメン 3(ウスター×Tボーン)



「ほ~~~~おああぁぁぁっ!!!」
Tボーンの怒号が響いた。大きく二歩踏み込んで相手との距離を縮めると、脳天を打ち砕かん勢いで骨ヌンチャクを踊り子めがけて振り下ろした。
「ああ!? あいつ、何やってんッ」
思わずウスターが叫んだ時には、骨ヌンチャクは地面にめり込んでいた。つい数秒前まで踊り子が立っていたその場所に。体を百八十度捻ることでスカートの裾すら素早くさばき、最低限の移動で彼女はTボーンの襲撃を避けることに成功していた。
「さあ、かかってきなッ!」
周囲からわあっと歓声が上がった。声援に後押しされるように踊り子が背筋を伸ばし、閉じた扇子でTボーンを指す。見開かれた瞳には闘気が宿っていた。
「遠慮なしでいくっぺよおぉっ!」
再び骨ヌンチャクを振り回すTボーン。鎖で繋がれた愛用の武器は遠心力を伴って敵を打つ。だが、踊り子は振りかざされる骨ヌンチャクに閉じた黒い扇をほんの一撃当て、体の回転でもってその悉くを受け流していった。ヌンチャクに乗せられた力を押し戻すではなく、しなやかな柔の振る舞いで相手の力をも利用し、降りかかる攻撃を無効化している。
「なっ、何が起こってんだよ、一体!?」
突如始まった戦いに、周りにいた人々がやじ馬となって二人を囲み始める。流石に遠くで見ている事に耐えられなくなり、ウスターは観客の隙間に体を押し込んでなんとか最前列まで躍り出た。
「ほあああああっ、カルシウムクラーッシュ!!」
再び、全力を乗せたTボーンの攻撃が頭上から踊り子を狙う。だが彼女は左手を地に着いて側転の要領で身を躱すと、地に足が着くと同時に地面を蹴り、右手の閉じた扇を槍のように突き出してTボーンの脇腹を打ちすえた。
「っがっ!」
予想外の方向からの攻撃にTボーンの呼吸が一瞬止まる。その隙を逃さず、踊り子は立ち上がった姿勢から足を開脚し、体重を支える足を軸に掲げた足を大きく後方に振り下ろす。その足がTボーンの頭に容赦なく当たり、彼を吹き飛ばした。
「Tボーン!!」
「ヒュウ、流石姐さんだ。迫力が違うぜ」
ウスターの横で事態を観戦している細マッチョの男芸人が称賛の声を上げる。真剣勝負に立ち会っているにも関わらず、踊り子を応援する皆が笑顔で観戦している。彼女の戦いが見られて嬉しい、とでも言いたげな顔で。
誰も彼女を心配していない。つまり彼女はただ踊りに秀でるだけではなく、それを昇華して体術や格闘技ともし得るだけの技量があるという事。Tボーンも骨ヌンチャクに蹴りや拳での攻撃を織り交ぜるが、拳を繰り出せば留守になっている足元を薙ぎ払われ、蹴りは踊り子の足で上方に打ち払われて重心を崩し転ぶ。そんな調子で、Tボーンはまだ彼女に一撃も与えられていなかった。
赤いスカートが咲き誇る花のように翻る。踏まれて転ぶのではないかと心配になるくらいのボリュームがある衣装なのに、ひらりふわりと舞う裾すらTボーンは捉えられない。躱し、攻撃に転じ、扇で受け流し今度はTボーンの背中に蹴りの一撃。彼女の戦いはどこを切り取っても観衆を魅了する舞いの形を成しており、ひたすらに美しいその攻撃は想像以上に苛烈であった。
「ぐあっ……」
「よし、そこまで!」
疲労が積み重なったTボーンがこらえきれずに地に膝をつく。それと同時に、昼間の山車の上で踊り子の体を支えていた体格のいい男が間に割って入り、戦いの終わりを宣言した。観衆からは両者を称える一層大きな歓声と拍手が上がった。
「Tボーン! おい、大丈夫かよっ!?」
「はぁ、はぁ……あれ、ウスター? なんでここにいるんだっぺ」
「アンタ、なかなかやるじゃないか。そっちはお仲間さんかい?」
頬に流れる汗を拭いながら、踊り子が膝を屈めてTボーンに手を差し伸べた。彼女と握手を交わしながらTボーンが立ち上がり、ばつの悪そうな顔で後頭部を掻いた。
「へへ、全然かなわなかったっぺなぁ。オラはTボーン、こっちはウスターだ」
「アタシはファバーダ。アンタのパワーも凄かったよ、Tボーン。なかなか見ごたえがあったろ、猫さん?」
「あ、ああ。息するのも忘れてたぜ。……でも、どうしてこんな、いきなり戦ったりする事に?」
息を整えている二人を見ながらウスターが問う。へへへ、と笑いながらTボーンが口を開いた。
「ウスターも昼間一緒に見てたっぺ? この人がキラキラした踊りしてたの」
「ああ、見てたよ。お前、めちゃくちゃ感動した顔で『綺麗だ』って言ってたじゃねえか」
(だからオレは、お前がファバーダさんに恋したのかと思って)
言葉を飲み込み、ウスターがTボーンを凝視する。
「そうだ、もの凄くキレイだったっぺ。体も持ち上げられるし、足もぴーんと伸びてるし、体も鍛えてて、ジャンプも凄い。けど、ただ踊ってるだけじゃねえ、もっと強いもんがこの人ん中にあるって、オラそう思ったっぺよ」
「よく見てるねえ。アタシの踊りでそこまで分かったのかい」
「へへ、なんて言うか、勘だったんだけども。戦ってみて分かったっぺよ、ファバーダはバンカーだっぺな?」
「えっ!?」
衝撃の発言にウスターが目を見開き、確信を込めた眼差しでTボーンがファバーダを見つめた。
「ご名答! と言いたいが、半分当たりだね。確かにアタシはバンカーだった。でもそれは昔の話。バンカー稼業は引退して、今はこの一座で踊り子をやってる一般人だよ」
あれだけの戦いを見せられて一般人とか言われても、とウスターは思った。Tボーンの体力があってファバーダの攻撃をここまで凌いだのであって、ウスターが彼女と戦ったら三十秒ともたずにノックダウンされる事請け合いである。
「バンカーと元バンカー、何か惹かれあうとこがあったのかねェ。踊りの稽古以外の本気の勝負は久しぶりだったから、ホントに楽しかったよ。有難うね」
「バンカー、どうしてやめちゃったっぺか? あれだけ強かったら、ファバーダはまだまだ禁貨集められるっぺよ」
「ん、そうだね。家族ができちゃったからね、家庭に入ったのさ」
そう言ったファバーダの顔に、初めて踊り子ともバンカーとも違う優しい表情が浮かぶ。彼女の横には、戦いの始めにTボーンが投げた赤い花束を拾った褐色の少女と、彼女よりさらに小さい女の子がいつの間にか手を繋いで寄り添っていた。花束を持った少女は、さっきTボーンが声をかけていた子だった。
「そっか、ファバーダの子供だったっぺか! お母さんにそっくりだっぺなぁ」
「二人とも将来美人になりそうだな」
「そうだろう? 俺達の自慢の娘だからね」
ウスターの誉め言葉に、山車でファバーダと組んでいた偉丈夫が胸を張った。なるほど、彼がファバーダの夫であるなら、一緒に踊っているのも戦いを仕切った事にも納得がいく。
「おっちゃんもバンカーだったっぺか。オラがやったみたいに、花束の申し込みしたんだっぺか?」
「ああ、そうだ。何せこの強さと人気だろう、昔からファバーダにプロポーズする男が絶えなくてね。それで始めたのが『花束の習い』ってわけさ」
「それって、この花束か。これを渡したら、決闘しなきゃいけないって事なのか?」
少女が持っている赤い花束を指さしてウスターが尋ねる。
「普通の花束なら何も起こらないよ。とりたてるとこもないと思ってアタシがあしらうだけ。赤い花束に一輪だけ違う色の花を挿してきたら、アタシに勝負を挑んできたってことの証。戦ってアタシに勝てるような強い男なら、付き合ってやってもいいよっていう事で始めたんだ。で、それでアタシに勝ったのがこの人ってわけ」
ファバーダが満面の笑顔で夫の脇腹をつついた。四度目の正直だったけどな、とつつかれた彼は身を竦めて苦笑する。
「旦那さんがいるのに、こいつがその花束持ってきちゃって良かったのかよ」
「Tボーンはこの花束の事、花屋で聞いたんじゃないのかい?」
「そうだっぺ。行列に出てた踊り子を探してるって話したら、ここにいるかもしれないって事と、決闘の申し込みの仕方教えてくれたんだっぺ。昔は祭りのたびにこの花束を作ってたって」
「あっはっは、思い出すねえ。十年くらい前はいつもそんなだったよ。この子らが出来てからたまにあの花屋も行ってたんだけど、腕試しならいつでも受けて立つからって言ってたのを店の人が覚えてたんだね」
「な、なるほどねー」
ファバーダの娘二人に尻尾を触られながら、ウスターが話を聞いて納得を示す。花束の意味合いは告白から戦いの申し込みに変わったが、結果としてそれがTボーンとファバーダを引き合わせ、こうして二人にいい笑顔をさせているのだ。
「踊りは体力が基本だからね、体作りは怠ってないよ。あっさり負けて失望させるようなことになってたらそれこそ失礼だったからね、毎日鍛えてるかいがあったってもんだ。ほら、持ってごらん」
「ぐお!?」
ファバーダが渡してきた黒い扇を手にしたウスターが絶句する。彼女が戦いの中で造作なく扱っていたそれは鉄扇で、重さも三~四キロはあるだろうという代物だったからだ。これを軽々と扱えるだけの体力を維持するのは並大抵の努力では済まない。
コロッケのハンマーのような独特の道具を使うではなく、フォンドヴォーの赤き閃光のような特別な技も持たないというのに、体のみでここまで戦える元バンカーがいるという事実にウスターは戦慄さえ覚えた。世界は広い。
「Tボーン、アンタなかなかいい筋してるよ。どうだい、アタシ達の一座に入らないかい? ここで技術と体力を磨けば、アンタはきっともっと強くなる。ウスターも一緒に来てくれたら嬉しいけど」
唐突な誘いにウスターは身構えた。ファバーダへのTボーンの思いは力試しをしたいという欲求だったが、憧れの人に実力を認められ、声をかけられているのだ。禁貨に大きな執着を持っていない彼なら、あるいは。


「んー……ありがとな! でも、オラ皆とは一緒に行けないっぺよ。ごめんな」
ウスターの心配をよそに、Tボーンは格段の申し出をあっさりと断った。
「おや、そうかい? 踊り以外にも、やれることは沢山あると思うけど」
「強くなれるのは嬉しいっぺよ。でもオラ、ウスターと一緒に色んなとこに旅するのが楽しいんだ。だから、またどこかでファバーダに会えるように頑張るっぺよ」
Tボーンの言葉に、ウスターの思考が一瞬止まった。
「なるほどね、分かったよ。アタシ達も気ままに色んなとこ行ってるし、この村にはいつも祭りの時期に来る。また会えた時、手合わせしようじゃないか」
「へへ、お願いするっぺよ! なあウスター、楽しみがまた増えたなあ!」
「え、あ、おう」
屈託なく笑い合うTボーンとファバーダ達。彼らを見やりながら、自分の中で抱えていたものを、ゆっくりとウスターは咀嚼し始める。
「姐さーん! あと二十分でステージに移動っす!」
「あいよー! じゃ、最後のお勤めに行ってくるとするよ。またね、Tボーン、ウスター」
「おう! ファバーダも、おっちゃんも、皆元気で!」
「これから出番か。あー、すまない、Tボーンのせいで衣装が汗まみれになっちゃっただろ? クリーニング代出させて……」
「あははは、いいのいいの! 旅芸人の衣装の数ナメちゃいけないよ? カッコ良く決めてくるからね、じゃーねー!」
ファバーダの戦いを見ていた旅芸人達もせわしなく動き始めた。ウスターの申し出を明るく辞退し、夫と娘を伴ってファバーダはテントへと消えていった。
「あー、楽しかったっぺよぉ」
「おい、Tボーン」
終わった終わった、という面持ちのTボーンの腕を引っ張り、ウスターは役場の駐車場の外へ移動する。
「ん、何だっぺウスター?」
「いいから、こっちこいっての」
腕を掴む手に込められた力は苛立ちの表れ。人気のなくなった通りで立ち止まって振り向き、ウスターはTボーンを睨みつけた。
「お前な! 何勝手にバトルなんて挑んだ!? 相手が元バンカーだからよかったけど、あの人に怪我でもさせてたらどうするつもりだったんだよ!?」
Tボーンがファバーダの実力を見抜き、彼女のルールに則って戦いを申し込んだ。しかし相手は自称・一般人の踊り子で、Tボーンやウスターは世界を災禍に陥れようとした最強の敵、ビシソワーズ兄弟を撃破するほどの力の持ち主だ。彼女が上手く攻撃を躱したからよかったものの、衣装を破いたり、骨ヌンチャクが体に当たってしまったりしたら、この後の出番どころか深刻な怪我を負わせてしまう可能性さえあった。
「そ、それは悪かったっぺ。最初の攻撃が全然通じなかったから、この人は少なくとも戦いができない人じゃないって思って。どこかで服がひっかかったりしたら、すぐに攻撃はやめるつもりだったっぺよ」
そんなことする必要もなかったけど、とTボーンは苦笑した。
「第一お前、出店で食べ物見るって言って出かけたじゃねえか。ファバーダさんに会いにいくなんて一言もオレに言ってなかっただろ」
大きく息を吸い込み、本題を追及する。
「何で、嘘なんか吐いた」
この事ばかりは、恋愛沙汰にあらずという結果論で許すことはしたくない。嘘さえなければこんなに、こんなにしんどい気持ちで追いかけてきたりしなかったのにという怨嗟さえぶつけそうな衝動を喉で押し留める。
「あー、うん……オラが探しても、ファバーダに会えるかどうかは全然分からなかったっぺよ。偶然あの花屋で色々教えてもらえたけど、何も見つからずに戻ってくるかもって思ってたんだ。その時は出店のご飯をお土産にしようと思ってたし、ウスターをオラのわがままで連れ回すの、悪いから」
「へっ、何を今更。オレが今までどんだけお前のお守してきたと思ってるんだよ」
あんなにバレバレな嘘を吐かれて、信頼されてないのかと感じた悲しさ。そしてTボーンの恋に踏み込まざるを得ないかもしれない、と怯えた時間の分の苛立ちをウスターが吐き出す。
「ファバーダに会えて、本気で戦えた。でもオラ、ちっとも歯が立たなかった。もうちょっとやれるかと思ってたけど、想像以上の強さだった。ここまで情けないとこウスターに見られると思ってなかったから、見つかっちまったの恥ずかしいっぺよ、へへ」
完敗だ、とTボーンが首を振った。自分が惨敗する可能性まで見越して単身ファバーダに会いにいったのだとしたら、それはそれでTボーンの成長とも言えるのかもしれない。
(……? いや、待てよ)
ウスターが意識を自分の心の中に向けた。怯えていた。苦しかった。Tボーンがファバーダに花束を差し出した時、締め付けられんばかりの感情が胸を支配した。それは、何故。
「お前、ファバーダさんに仲間にならないかって言われてたじゃないか。認められたってことだろ、それは」
彼女に挑んだのは戦い。恋心ではなく力試しだとTボーンは証言している。仲間になれと言われるなんて、最大の賛辞に違いない。なのに、何故。
「どうして断ったんだよ。あの人がもうバンカーじゃないからか?」
「ん~。ファバーダに褒めてもらえたのは嬉しかったっぺよ。でも、一回も当てられなかったのに、強いって言われてもオラあんまり……」
「まだ伸びしろがあるって事だろ。お前なら鍛えれば強くなるって言われたんだし」
「ウスター、オラ、ただ強くなりたいだけじゃねっぺよ」
食い下がるウスターの言葉を、Tボーンが手を振って遮った。
「今日ファバーダを探さなかったら後悔するって思ったんだ。だからあの人を探して、戦って、オラそれでもう満足だ。ほら、記念にこれも残ってるし」
胸ポケットから押し花のように平らになった白い花を出して見せる。それをすぐにしまいこんで、Tボーンは続けた。
「オラ、ウスターと一緒がいんだ。二人でいるのが一番楽しいっぺよ。だから誘いは断ったし、後悔はしてねえ!」
屈託のない笑顔こそ彼の本質。
「ウスターは、オラ達がファバーダんとこに行った方がいいと思ってるっぺか?」
「いや、思ってない。そうじゃなくて」
否定したのはTボーンの言葉ではない。胸元の白い花も良い思い出として残るだろう。ならば、未だ胸で渦を巻くこの感情は。
(ああ、なんだ。オレは)
もしもTボーンの気持ちが恋心だったなら、それをこの目で見届けねばと思っていた。彼が自分よりファバーダを選ぶのなら、男としてその背中を押してやる権利があるだろうと決め込んで。
そして同時に、そうなってしまったらどうしようという恐怖に、さっきまでウスターは囚われていた。『ウスターと一緒に色んなとこに旅するのが楽しい』というTボーンの言葉を聞く瞬間まで。
彼の恋が叶うのが怖かった。Tボーンが恋を覚えるはずなどないと、胡坐をかいていた自分の存在に気付かされた。恐怖を感じるなんてあまりに勝手な理由なのに、そんな日は来るわけないなどとどうして信じていられたのか。
(あいつのお守だなんて言ったけれど、甘えきってたのはオレだ)
Tボーンの精神の幼さにもたれかかっていた自分をウスターが恥じる。こんなに心かき乱されて、彼を疑って後をつけてきてしまったのだって、全部自分の弱さのせいなのに。
「分かったよ。じゃあ、この件はこれで終わりだな?」
無理やり話題を変えて、いつも通りの関係に戻るようにと言葉を選んだ。
「うん!」
「宿に戻るけど、それでいいのか?」
「いいっぺよ! オラ動いて腹ペコペコだっぺ、夕飯食べるっぺよ~」
腹をさすりながらTボーンが歩き出した。が、そっちは宿と真逆の方角。
「おいこら、違うっての、宿はこっちだ!」
Tボーンの手を握り、ウスターが帰路を訂正する。
「こっちだっぺか、ごめんごめん」
「まったくよー、これ以上の寄り道はごめんだっての」
繋いだ手に力を込める。ウスターに任せていれば安心だという顔で、Tボーンは大人しく後ろをついてくる。
ファバーダとの戦いにTボーンは負けた。だが、今日の勝者は彼だとウスターは断定する。
Tボーンへの恋心を、ウスターに認識させた彼こそが。
仲間としての居心地の良さで、Tボーンはファバーダよりもウスターを選んだ。そこで心底安心を覚えたことで、Tボーンを失うことの怖さ、その理由が自分の恋心であると理解した。だからあんなにモヤモヤして、苦しかったのだと分かって、納得すると同時に気恥ずかしさに苛まれる。だが、もうその気持ちを見逃すことなど出来ないところまできてしまったんだ。
これからも仲間として、Tボーンはウスターを頼るだろう。だがTボーンがウスターの手を離し、一人で歩き出してしまう日だって、遠くないうちに来てしまうかもしれない。それをどうにかしたくて、祈るようにウスターは自分からTボーンの手を握った。
普段、ウスターから手を繋ぐことなどめったにない。今それをしているのは、自戒の念と決意が入り混じったせめてものプライド。だけど、Tボーンがこの手の意味に気付くことはないのだろう。気づく時は、今でなくていい。
離さない。どこにも行くな、行かせるもんかと胸中でこぼし、ウスターは歩くスピードを早めていく。
ファバーダの踊りを見た時のようなTボーンの笑顔が、いつかウスターに向けられる日は来るだろうか。彼女のような魅力も強さも持ち合わせているとは思えない。またいつ誰かにTボーンの気持ちをさらわれないよう、どうにかして彼を振り向かせられるバンカーにならなくては。これからの賭けはとことん勝ち目のないものになるだろうし、どうすればもっと好いてもらえるかなんて、今はこれっぽっちも分からないけれど。
もっといい男になるまで、惚れた弱みなんて見せられないから。
「あーあ、手がかかって参るぜ、全くよ!」
精一杯の強がりで隠した、思い通りにならない己の気持ちを持て余して。
「へへ、お世話になるっぺよー」
ウスターの言葉の意味に気付かないまま、Tボーンは変わらない笑顔をウスターに向け続ける。
赤くなった顔をTボーンに見られないようにと、ウスターはひたすら真っすぐに宿を目指す。激情の生まれた一日が、終わりを迎えようとしていた。


END