真夏のカルメン 2(ウスター×Tボーン)



ウスターは我が目を疑った。
(おい、おいおいおい。あいつが花束を? 買って出てきた?)
店員に勧められたりアドバイスをもらったりしたのだとしても、女性に対して気の利いたことなどひとつもできる性分ではないTボーンが花束を。そしてそこに込められた意図は、ファンとしてのプレゼントか、あるいは。
ウスターが逡巡する間にも、Tボーンは右肩に花束、左肩に骨ヌンチャクを担いで意気揚々と歩いていく。見失わないように再度追跡し始めたウスターが、赤い花束を見て気づいた。
真っ赤な花束の真ん中に、一輪だけ白い花が挿されている。Tボーンが踊り子からもらったものかもしれないし、それに似せて新しい花を加えたのかもしれないが。
「何であんな、オシャレな花束なんかこしらえてるんだ、あいつは」
呻きに似た言葉がウスターから零れる。嘘を吐いて宿から飛び出したくせに、花束を抱えたTボーンの表情が明るく溌剌としている事に、ウスターの胸が締め付けられる。
花束を手にして以降、Tボーンの足取りはしっかりとしたものになっていた。道を探しながら歩くのではなく、明らかにどこかを目指して進んでいるようなペースになっている。さっきの花屋で何か情報でも教えてもらったのだろうか。
空が僅かに朱を帯びてくる。しばらくすれば村の灯りも輝き、祭りの最後を飾るイベントもどこかで始まるだろう。そうこうしているうちに、Tボーンの足がある場所で止まった。
設置された「役場」の看板が示す先にはレンガ造りの建物。周囲には役場に来た人々が馬車や荷物車などを停めておくための空間、言わば駐車場が広がっている。だが今日に限っては、駐車場には様々なテントや屋根付きの休憩所が建てられ、旅芸人達と思しき団体が談笑したり食事を摂る場所へと様変わりしていた。先ほどの行列で使われたのだろう山車のいくつかも、所せましと並べられている。
関係者以外の立ち入りも禁止はされていないようで、Tボーンは立ち並ぶテントにためらいなく入ってゆく。人の隙間をぬって、何かを一生懸命に探している様子が見えた。
(こりゃ確定だろ。あのお姉さん以外にここで会いたい相手なんているもんか)
休憩、待機の時間でも熱気を失わない旅芸人の間に何とか身を潜ませながら、ウスターはTボーンを視界に捉え続ける。こんな風にしてあいつを追いかけている事の意味は何なんだ、とウスターが再度自問しかけた時、Tボーンがある休憩所に駆け寄っていった。
大き目の休憩所の横には花で飾られた山車。行列の最後尾で踊っていた踊り子達が集まり、衣装の具合を見たり踊りを確認したりしている。踊りを見ていた少女にTボーンが話しかけ、二言三言言葉を交わすと、少女は奥のテントの中に入っていった。
二分ほど経っただろうか。花束を抱えて所在なげにしていたTボーンが、顔を上げて表情を明るくする。
彼の視線の先には、少女に手を引かれてやってきたあの褐色の踊り子。黒髪は頭の上で形よくまとめられアップになっている。大きく開いた胸元に引き締まったウエスト、足を覆うボリュームのあるスカートはフラメンコの衣装を思わせた。これからの出番のための装いだろう。
「!!」
見つけやがった、とウスターが心の中で驚きの声を上げる。Tボーンは体をわななかせながら彼女に対して一礼し、何事かを告げて花束を差し出した。二人の様子を周囲で見守っていた芸人達から、ヒューッという声が湧き起こる。踊り子は大き目の黒い扇で口元を隠しつつ、差し出された花束を見つめていた。
相手の返事を待つ、それすなわち告白。あいつの感情はただのファン心理じゃなかったんだ、そんな確証を得てウスターの心拍が否応なしに高まる。Tボーンの近くに駆け寄りたい衝動を必死で抑える間にも、喉が干上がるような緊張感がウスターを包んでいく。
一世一代の度胸試しをしているのはあいつなのに、どうしてこんなに苦しいのか。噛み締めた唇に痛みが走り始めた。
踊り子が動いた。扇を畳み、二歩前に出て花束に手を伸ばす。彼女が花に触れたのに気づき、Tボーンが僅かに背筋を伸ばして彼女と視線を合わせた。踊り子は静かな指の動きで花束から一輪の花を引き抜く。中央にあった白い花だった。
演劇のクライマックスのように、彼女とTボーンを取り囲む人間の誰もが音を立てずに見守っている。腕を伸ばして白い花を掲げ、何かを告げながら踊り子が数歩後ろに下がった。
数秒の後、花は彼女の手を離れ、風に舞う羽根のように地面へと落ちた。