真夏のカルメン(ウスター×Tボーン)

(おちゃもさんからのウスTリクエストで執筆しました)


「へえ、なかなかこりゃすごいじゃねえか」
人混みを見渡しながらウスターが感心の声を上げる。宿を求めて立ち寄った村は年に一度の豊穣祭の最中で、観光に訪れた客や出店でごった返していた。
「そこら中からうまいもんの匂いがするっぺなぁ、どれ食べるか迷っちまうっぺよ」
肉の焼きあがる音と煙、一帯に立ち込める食欲を刺激する香り。気になった店の前でTボーンが足を止め、恍惚の表情で食べ物に見入るたびにウスターが緑のオーバーオールを引っ張って移動する。そしてまた次の出店でもTボーンが立ち止まり、強制的にその場から連行される事を繰り返していた。
「食いたいのは分かるけどよ、飯より宿だ。こんだけ混んでるんじゃ泊まれるかどうかも分かんねえからな、部屋が取れたら好きなだけ食ってくりゃいいだろ」
「本当だっぺか! よーし、宿が決まったらオラ、たらふくメシ食うっぺよー!」
宿のありそうな通りを目指して歩くうち、出店の内容は食べ物から土産物や工芸品へと変わる。やがてウスターとTボーンは、大通りを見つめて何かを待つ人の壁に行き当たった。集まった人々の表情には期待と活気が満ちている。
「ありゃ、こっからもう動けないっぺな?」
「どうしたもんかな。あと少し行けば宿がありそうなんだけど」
ぴょんぴょんと跳ねて人垣の向こうに何があるのかをTボーンが探ろうとする。と、時を同じくして遠くからファンファーレが響いた。大通りの奥に大小の旗が翻り、やがて賑やかな音楽を伴ってパレードの列が闊歩し始める。
行列の規模は村の大きさにそぐわないほど立派だった。幸福と繁栄をもたらす天使の衣装をまとった子供達の隊を先頭に、甲冑を身につけきびきびと歩く男達、花びらや紙吹雪を散らして愛想を振りまく道化、太鼓やラッパで音楽を奏でる楽団の一味などが行進してゆく。
「今年もすごいわねえ、見にきたかいがあったわ」
「うちの村以外からも人が来て、こうやって盛り上げてくれるのはありがたいもんじゃな」
ウスター達の隣でパレードを見ていた婦人と老婆が語り合う。外部から楽団や芸人を招致して開催するメインイベントは、祭りを目当てにする観光目的の人を村の外から呼ぶのに一役かっているのだろう。美味い食事と酒、華やかなパレードに偶然行き当たった事をウスターもラッキーだと感じたし、何よりこの場にいる人達の誰もが笑顔だ。年に一度の景気付けが賑やかであるにこしたことはない。
「おぉ、美人さん発見! レベル高いなぁオイ! あっ、オレの方見た!! おね~さ~ん!!」
隊列は進み、きらびやかに飾られた山車の上で一人の女性が手を振っていた。花冠に清楚な絹のトーガ姿は、村が祀る女神の姿を模したもの。毎年村一番の美人が選ばれる花形の役目だけあって華やぎに満ちている。ウスターは目をハートにして女神役の女性を目で追い、全力で手を振り返していた。
女神様の後ろにも豪奢な山車や神輿が続く。美丈夫のダンサー達の華麗な踊りに女性客から黄色い声が上がり、丸いフォルムの兎や猫、犬などの着ぐるみがよたよたと歩いては観客の子供と握手をしてゆく。
「ウスター、あそこに入ったらモテるんじゃないっぺか」
「オレは着ぐるみじゃねえっての、失礼な」
壮大なパレードをどのくらい見ていただろうか。先頭は村の広場か役所あたりに到着している頃だろう。列が終わったら大通りを越えてまた宿を探しに行こうとウスターが思った時に、最後の大きな山車が視界に入った。
がっしりとした作りの木の山車を、真っ赤な衣装の踊り子が囲んでいる。花で彩られた山車の上にも踊り子が複数人おり、踊りの合間に花びらを沿道に振りまいていた。
大きな羽を背負った長身の踊り子が山車のステージで軽やかに舞う。褐色の肌に黒髪のポニーテール、切れ長の瞳に真紅のルージュ。肢体にフィットした橙と黄色の衣装が華を添えていた。周りの踊り子に比べ年上に見えるが、長年の鍛錬で培ったのだろう踊りはダイナミックな迫力に溢れ、山車の中心を任されるに相応しい存在感だ。
「こっちもなかなかの美人だな。オレはさっきの女神様のが好みだけど」
品定め的な感想を口にしつつ、山車を囲んで踊る踊り子を眺めていたウスターが視線の動きを止めた。
Tボーンが、口を半分ぽかんと開けて踊りの山車に見入っていた。
「キレイだっぺなぁ……!」
無意識に近い感嘆が漏れ、瞳が大きく見開かれて口元が笑った。
「おう、そうだな。あのお姉さんは踊りも上手いし、目立つよな」
そう返事をした後で、自分が感じた違和感にウスターが気づく。
Tボーンが特定の女性を褒めた。しかも、綺麗という言葉で。
およそ彼は色恋事とは縁がなく、女性の魅力というものを話題に出すような事はない。綺麗という言葉は青空や稜線などの雄大な風景に対して使われる程度。町で見かけた女の子をあの子が可愛いこの子も可愛いとウスターが語っても、話題に食いついてきたことなど一度もない。
そのTボーンが、目を輝かせて褐色の踊り子を目で追っている。たまらなくなったというように、全身で大きく飛び跳ねながら手を振り始めた。
褐色の踊り子は同じ山車に乗っていた筋骨隆々の男と手を繋いだ。互いの手首を持つようにした姿勢から、膂力だけで男が踊り子の体を宙へと持ち上げる。腕の力一本で掲げられた彼女は体をを天に伸ばし、頭を下に向けた状態で足を水平に開脚する。オブジェのように停止した姿勢を保ちながらも、それでいて空いた方の手を振る余裕すら彼女は持ち合わせていた。男がゆっくりと回転して彼女の雄姿を沿道に見せ、観衆からは一層の歓声と拍手が上がった。
「うわあ……! うわぁ!」
顔をくしゃくしゃにして、踊り子の活躍に感情を高ぶらせるTボーン。山車がウスター達の前を通り過ぎかけると、彼女をもっと見たいと言わんばかりに移動しようとする。
(どうしたんだこいつ、ただ事じゃねえぞ)
Tボーンに押されながらウスターが焦る。想定外の状況に、このまま彼に山車を追いかけさせてもいいものか、無理やり引き戻して宿を探す方がいいのか、判断がつきかねた。
「お~~い! おお~~い!!」
大声をあげて踊り子にアピールするTボーン。空中から戻り姿勢を正した彼女は、優雅な動作で山車の縁に歩み寄ると、ステージの周りを飾っていた花をいくつか引き抜き、沿道へと投げた。追い打ちをかけるように、投げキスを振りまいてまたくるりくるりと回転する。
「いで、いでででで」
わあっという声を上げて、男達が彼女からの花を手にせんと駆け寄る。その流れに巻き込まれたウスターが観客にぶつかられて声を上げた。五メートルほど人波に流されたウスターがTボーンのいたところに戻ると、Tボーンがウスターに手を差し出した。
彼の手には、一輪の白い花が握られていた。
「えっ! お前、あの花取れたのか?」
「うん。……うん」
言葉にならない様子でTボーンが頷く。顔を紅潮させて過ぎ行く山車に熱い視線を送り、白い花を胸に抱いた姿勢で彼はしばらくその場に佇み続けた。


夜の催しは残っているが今日が祭りの最終日。客室にも空きが出てウスター達は宿を確保することができた。
「ふう、いい部屋とれて良かったな。時間も早いし、のんびり出店を見て回ることもできそうだ」
ベッドに放り出した愛用のトランク型バンクをいじり、これからの予定をウスターは考える。
「おいTボーン、夕メシどうするん……」
宿の夕食を頼むなら今のうちに注文しておかなくてはいけない。出店の食べ物を夕飯とするか、宿で食事をとるかをTボーンに尋ねようとウスターが顔を上げると、Tボーンの姿は室内になかった。開いたドアの外に、足音を潜めてどこかに行こうとしている彼のズボンが僅かに見えていた。
「ちょ、ちょっと待てって! トイレでも行くのか?」
「あっ、あ……ゆ、夕飯はここで食べるっぺ! ウスター、オラの分も適当に頼んどいてけろ。ごはんまでには帰ってくるっぺよ」
ドアの向こうから顔だけを出し、にかっと笑ってTボーンが答えた。
「分かったよ、メシは勝手に選んでおく。お前、今からどこ行くんだ?」
「えー……と、ちょ、ちょっと祭りの出店見てくるっぺ。色々おいしそうで気になったのがあるから、夜食用に買ってくるっぺよ! へへ、へへ」
ぎこちない笑顔を残し、Tボーンが宿の出口へと駆けていく。食事を頼むためにウスターが部屋を出る頃には、もうその姿はなかった。
(おかしいぞ、あいつ)
出店が目的と言っていたが、どうも納得できなかった。美味いものを食べたいという気があったとしても、睡眠欲が何にも勝るTボーンの場合、ウスターにお使いを頼んで自分は宿で寝るという選択肢をするのが常だ。
(追いかけるか)
多分、Tボーンはウスターに嘘をついている。勘でしかなかったが、あの褐色の踊り子を探しにいくんじゃないか、そんな気がしたからだ。夜の時間に彼女がまた祭りで踊りを披露するかもしれないし、祭りが終われば明日以降はこの村では会えなくなるかもしれない。きっとそれを分かって、Tボーンは大急ぎで出ていったのだ。
夕食の手配を大急ぎで済ませると、ウスターはTボーンを探すべく騒がしい村の中へと駆けだした。


Tボーンはすぐに見つかった。骨ヌンチャクを背負ったまま、パレードが通った大通り沿いにいる村人達に話しかけては辺りをきょろきょろと見回し、何かを探す様子を見せている。そのまま向かう方角は、出店の方ではなく普通の店の立ち並ぶ通りだった。
(やっぱりか)
人ごみでもTボーンを見失わないギリギリの距離から、ウスターはTボーンの様子を伺う。すると、Tボーンが顔を少し上に向けて、空を「嗅ぐ」ような動きを見せた。
(あいつ、匂いで探そうってのか。これだけの人の中から、あのお姉さんを?)
見ると、Tボーンの手には彼女からもらった白い花がある。その花の匂いが彼女の匂いと近いものなのかは分からないが、彼は花を頼りにするつもりらしかった。
『キレイだっぺなぁ……!』
夢の世界に誘われたかのような、Tボーンの表情、声音、満面の笑顔。あんな様子のTボーンをウスターは一度も見たことがない。ないからこそ、不安を覚えた。
踊り子や吟遊詩人、役者などにはファンがつきものだ。彼らの芸を気に入るからこそ客は舞台や劇場に足を運び、活躍を応援する。褐色の踊り子がこの村の者ではなく、旅芸人として生計を立てているなら、会えるかもしれない今のうちに探しにいくのが選択肢として正しいだろう。素晴らしい踊りでした、そう伝えてもらえたら彼女も踊り手冥利に尽きるだろうし。
だが、Tボーンは彼女を探しにいくとウスターに言わなかった。どころか、嘘をついて、ウスターを置いて一人で宿を出た。ファンとして追いかけたいなら何ら隠すべき必要などないのに、慣れない偽りを口にしてまで、彼は人探しをしているのだ。きっと。
彼にそんな行動をさせる衝動の理由。
Tボーンが恋に落ちたからではないか。
推測の範疇を出ない可能性を吟味しつつ、ウスターはTボーンを追い続ける。と、Tボーンがある店の中に入っていった。店頭には色鮮やかな花がいくつも並んでいる。
(花屋?)
あの時踊り子にもらった白い花について、詳しく聞く気だろうか。流石に店の中まで追いかけてはTボーンに見つかるので、適当な距離を保ちながらウスターはTボーンが出てくるのを待つことにした。
「いや、そもそも何やってんだろな、オレ」
体を隠すために店のレンガ壁にもたれかかりながら、ウスターが自分自身に問う。疑惑の実態をこの目で確かめたい、というのが、隠れてTボーンを追跡する大きな理由だろう。嘘をつかれている手前もあるし、ただ宿で待ち続けてはTボーンの言動が嘘であったと証明することは出来ない。
花を受け取ったTボーンの行動が、未体験のファン心理からくるものであればそれは否定しない。素晴らしい演技をした彼女にTボーンが巡り会えたら、また会えて良かったじゃねえかと一緒に喜んでやることもできる。実際それだけ、彼女達の踊りは凄かったのだから。
だが、そうでなかったら。
ウスターが感じたように、Tボーンが抱いた熱情が、恋愛関係を望むそれであったとしたら。
(多分そりゃ、どうにもなんねえぞ。分かってないんじゃないか、あいつ)
恋愛経験豊富を自称するウスターからすれば、Tボーンが向かう先が無謀な恋路の果てであるように思えてならなかった。まだ酒も飲めない田舎丸出しの子供が、あれだけ数多の男性を虜にする人気の踊り子に取り合ってなどもらえるものか。失恋は人を育てると言うけれど、実際その経験ばかりで育ってきたウスターには、せめて恋のイロハくらいTボーンに教えてやりたいという老婆心が先に立って仕方がなかった。
Tボーンの失恋が見たいわけではない。なるようにしかならないものだってある。だがそれ以上に、先行きを考えるに胸がモヤモヤしてたまらなかった。
「ありがとうございましたー」
花屋から店員の声がし、ウスターがはっと視線を戻す。Tボーンが丁度店から出てきたところだった。
大きな、真紅の花束を携えて。