HOT WINTER NIGHT(フォンドヴォー×ウスター)



「うー、寒い、寒い、寒いっっ」
そう連呼したところで気温が上がるでもないのに、言わずにいられないのは何故なんだろうか。
「飲むか?」
横から差し出された手。見れば、フォンドヴォーがまだ温もりの残るココアをオレに寄越していた。

宿で夕食をとり、そろそろ風呂でも入ろうかと思っていた矢先に突然フォンドヴォーが外に出ると言い出した。聞けばなんだか酒が飲みたくなったのだと言う。酒場に行くのかと尋ねると違うと首を振った。酒を買ってきてこの部屋で呑みたいんだ、と。
「すぐに戻ってくる。ちょっと待っててくれ」
そう言いながらフォンドヴォーが羽織ったコートの裾を掴んだ。
「ん?」
「待てって。誰が大人しく待ってるなんて言った」
「でも…寒いぞ?外」
部屋の中と外との気温差で曇った窓に視線を投げながらフォンドヴォーが言う。んな事ぁ百も承知だ。ついでに言えば、あんたが寒がりのオレに気を遣ってんのだって分かってる。でもよ。
「そっちの趣味で酒を選ばれるのは納得いかねえな。何を買うつもりだった」
「ペンネ産のアルト・ヴァッサーモンド。売ってるの見つけたから」
「残念だな。オレが今呑みたいのはそれじゃねえや」
「じゃあ何を?」
「ラザーニャ名産ジラソーレ。…ちっとくらいキツイ方が温まる」
アルト・ヴァッサーモンドはオレの気に入りの銘柄。ジラソーレはフォンドヴォーが好きな酒だ。何だよ、街中の酒屋に両方置いてあったの、フォンドヴォーも気付いてたのか。せっかく互いの好きな酒が揃ってるんだ、オレにも一本買わせてくれたっていいよな?
「ジラソーレ一本買う位の持ち合わせはあるな」
ポケットの小銭を確認したオレを見て、フォンドヴォーが目を細めた。そちらはどうだ、という視線にオレは口元を吊り上げて答える。
「奇遇だな。俺もアルト・ヴァッサーモンドを買うくらいの持ち合わせがある」
ついていく理由はそんな所で充分だろう。
互いに目くばせをすると、オレ達は二人分の酒を求めて宿を後にした。

そうやってフォンドヴォーにくっついてきたものの、目的の店に辿り着く頃には素直に待ってりゃよかったと思い始めていた自分がいた。身を切るような寒さが尻尾の芯にまで染み入るようだ。真っ白な息を吐き出しながら見上げた夜空は昼間の空よりも遥かに高く思えた。ビロードの夜空には数えきれないほどの星が溢れ、その中でも一際はっきりとした光を放っているのは冬の風物詩とも言えるオリオン座。
「はぁー、寒ぃ寒ぃ。あっと言う間に身体が冷える」
普段よりも割り増しで背中を丸くしながら早足で道を行く。酒を買うのと一緒に店で温かいココアを買ったものの、オレはそれをとっくに飲み干してしまっていた。
「持つよ」
短く口にして、俺の腕から紙袋に入った二本のボトルをフォンドヴォーが持ち上げる。荷物がなくなって気付く、抱えていた酒瓶の重さと冷たさ。決して大きくはないが冷たいそれを持ち続けていた事で腕が疲れたのも確か。一旦立ち止まって冷えた手に息を吹き掛ける。そんなオレに、フォンドヴォーから飲みかけのココアが寄越されたのだった。
「全部飲んじまうぞ、オレに寄越すと」
「どうぞ。手も温められるならそうしてくれ」
「…ああ」
たかだかココア一杯と言えど、どこまでも優しいこの男に甘えるオレ。しばらくココアを持って手を温めさせてもらったが、それを飲み干してしまえばすぐにオレの手は元の冷たさに戻ってしまった。
空になったココアの容器を捨て、二人無言で歩き出す。互いの白い吐息だけが静かに流れていく中、フォンドヴォーがぽつりと言った。
「ごめんな」
「ん?何が」
「んー……手、温められなくて」
「はあ?」
フォンドヴォーが何を言っているのかが分からず、頓狂な声と共に立ち止まる。そんなオレの手にちらちらと視線を送りながら、フォンドヴォーは酒を持っていない方の手で頭を掻いた。
「手、繋ごうかとも思ったんだけど。俺の手の方が小さいから、ウスターの手をちゃんと温かくできないよな、って」
至極真面目に言ってのけるフォンドヴォー。オレが女の子だったら手を繋いで温めてもらうというアイディアは喜んで頷いていたかもしれないが、いくら人通りがないとは言えそれはちょっと。つーか、手の大きさの違いがなかったら、何も言わずにフォンドヴォーは手を繋いでいたかもしれない。そんな気恥ずかしい事を難無く実行してしまうのがこの男のそら恐ろしい一面でもあるのだ。
「い、いいって別に。そんなお前、男同士で…」
「それに、このコートじゃポケットに手を入れて温めるのも出来ないし」
「おまっ、そんな事までやろうとしてたのかよっ!?」
「ん、んん?いやまあ、例えばの話だから」
本当に例えばの話なのかよ、という言葉を喉で飲み込み、オレは小さく肩を竦めると再び歩き出した。無言になったフォンドヴォーが同じ歩調で横についてくる。酒を持っていない手はコートのポケットにしまわれていた。
寒さが道から人影を追いやっている夜、宿への道にはただオレとフォンドヴォーの足音だけが響き続ける。宿に着けば風呂にも入れるし美味い酒だって二種類。夜のお楽しみはこれから、そんな帰り道。本当はフォンドヴォーが一人で歩くはずだった道。
そんな所にいるくせに、酒だってこいつに持たせたままで、オレはただ帰るだけで……いいのかよ、なあ。
フォンドヴォーが歩く度、紙袋の中で酒瓶がカチカチとぶつかる音がする。ちらりと見上げた横顔にはいつものように穏やかな笑み。そう言えばフォンドヴォーの奴、外に出てきているってのにいつもの手袋をしていない。素手で酒瓶を持っている手が冷え行くのは容易に想像出来た。なんでだよ、あんたまで手ぇ冷やすことないのに。酒だってオレに持たせておけばいいのに、いつだってあんたはそうだ。いつだって。
凍えた自分の手。温めようとしてくれたフォンドヴォーの意思。
「………」
今日だけだぞ、と胸の内で呟く。オレの真横にある腕を掴み、ポケットから引っ張り出した。
「ん?」
小さく声を上げたフォンドヴォーと目を合わせる事はせず、その手を強く握った。オレの手の方が大きいので必然的にフォンドヴォーの手を包み込むような形になる。すぐに伝わってくる手の温もり。オレの手の冷たさでこの温もりを掻き消してしまうかもしれない。でも。
「寄越せ、そっちの温度。……温めてくれんだろ」
ごめんって言うのはオレの方だ。あんたの手まで冷やしちまう。でも…でもさ。
こうしたいって言ったのは、そっちの方だからな?
「…ん」
フォンドヴォーの手が僅かに動いてオレの指と絡む。力の込められた指が小さくオレの腕を引っ張る。それと同時にフォンドヴォーが少しだけ、歩く速度を遅くした。
「ゆっくり行くか」
ウスターの手が温まるまでな、とでも続けたげな口調でフォンドヴォーが言う。かすめ見た口元はさっきよりも笑みを濃くしていた。ああ、なんだよこいつの分かりやすさ。このくらいの事でそんな顔出来るなんてよ、あんた本当にお手軽だ。分かりやす過ぎだ。
オレに甘過ぎだよ。馬鹿。
繋がれた手の温もりが少しずつ、だが確かにオレの手を温めてゆく。その温もりが何よりも雄弁に二人でいる事をオレに伝えてくる。そして、隣にいる奴の気持ちまでも。オレがどれだけ恥ずかしい思いをしてるかなんてのはフォンドヴォーに伝わらなくていいからな。やってらんねえよ、ったく。
それでも、早く帰るぞ、とっとと風呂入って酒だ酒、と言い出せないのはオレの負けでしかなく。
せめて宿に着くまでの間に誰ともすれ違わないようにと願いながら、オレは温かい手を握り締めたまま黙々と歩き続けた。
カチカチと鳴る酒瓶に、馬鹿な大人達だと笑われながら。


END