Candy(フォンドヴォー×リゾット)



「食べるか?」
手にした瓶をフォンドヴォーがオレに向けて差し出す。
オレの顔ほどもあろうかという大きさの飴玉の入った瓶。普通の飴玉の瓶よりは随分と大きい。だが、身体の大きいフォンドヴォーがそれを持っていると比率として瓶の大きさも気にならなくなるから不思議だ。
「どうしたんだ、こんなに一杯」
「いや、安かったからつい。たまにはいいかと思って」
瓶が大きいということは、その中に入っている飴の数も相応に多い。フォンドヴォーがひとつ舐めているが、瓶の中にはまだ沢山の飴が詰まっていた。
「どうだ?リゾット」
差し出された飴をオレが手に取らないからか、フォンドヴォーがもう一度尋ねる。
「別に。オレより、もっと欲しがりそうな奴らがいるだろう」
これだけ大きな瓶で買ってくるということは、当然コロッケやキャベツなどの飴を欲しがりそうなお子様連中にも配るつもりだろう。だったらそっちに先に回せばいい。オレは差し出された飴を手にはしなかった。
後で余ったのならもらうくらいはしてもいいか、と頭の片隅で思ってはいたけれど。
「そうか。…分かった、該当者に配ってくるか」
瓶の蓋を閉めて小脇に抱え、コロッケ達のいる方へとフォンドヴォーが歩いていく。
後で思えば、その時の彼の目は少しだけ寂しそうにしていた…ような、気がした。


「お、リゾット。こんなとこにいたっぺか」
木陰で少しまどろんでいるとTボーンが通りすがった。声をかけてきた彼の息が少し甘い。
見れば、オーバーオールの胸元のポケットが普段よりも随分膨れていた。
「飴、食べてるのか」
「フォンドヴォーがくれたっぺよ。あれ?リゾットはもらってないっぺか?オラ多目にもらってきたから、ほら」
オレが手ぶらでいるのを見て、Tボーンが胸のポケットに手を突っ込んで飴を出してよこす。
「いや、いい。余ったらもらおうかと思ってただけだ」
「リゾットは欲がないっぺなー。こういうのは欲しいだけもらう方が得だっぺよ?
 コロッケ達が好きなだけ取ってたから、もう残ってないかもしれないっぺ」
言いながらTボーンが緑の飴を口に放り込み、オレの横に腰を降ろした。飴を口の中で転がしながら、何をするでもなくぼんやりと遠くを眺める。
「…早くしないと無くなるっぺよ」
Tボーンが呟く。どうやらまだ飴の事を言っているらしい。
「だから、飴くらいどうだっていい」
「そりゃー、もらうももらわないもリゾットの自由だけど」
鼻先をぽりぽりと掻きながら、Tボーンがオレの方を見た。
「自由だけど?まだ何かあるのか?」
「んー…フォンドヴォー、寂しいっぺよ?きっと」
「!?」
無造作に放たれたTボーンの言葉に、オレの身体がぴくりと跳ね上がった。反射的に視線を合わせると、Tボーンが不思議そうな顔で首を傾げてみせる。
オレとフォンドヴォーは…確かにその、お互い好きあっている関係ではあるけれど。その事は他の誰にも気取られないようにやっているはず。
「ど…うして。オレが飴をもらわなかったくらいで、フォンドヴォーがそんな事」
普通に口にしているはずの言葉が微かに上ずる。
Tボーンは気づいたのか。オレとフォンドヴォーの関係に。
「んんと、オラがそう思うだけかもしれないけど」
再び胸ポケットから飴をつまみ出し、Tボーンはその包み紙を指先で捻ってくるくると回した。
「この飴の事だけじゃなくて、リゾットっていつも二言目には『いい』とか『いらない』って言ってる気がするっぺよ。
 フォンドヴォー、多分美味いものは皆に同じように配りたいんだと思うっぺ。
 だから、リゾットだけもらわなかったらフォンドヴォーが残念がるんじゃないっぺか?って、思って。うん」
飴の包みを開くことはせず、それをポケットに戻すとTボーンが立ち上がった。
「よし、オラ飴が残ってるか見てくるっぺよ。余ってるようならもらってくるかな」
屈託のない笑みと共に愛用のヌンチャクを肩に担ぎ、ほいほいと歩き出すTボーン。
次の瞬間、オレの身体はTボーンの横を擦り抜けてフォンドヴォーのいるだろう方向に向かっていた。


走る。
余計なくらいに足を動かしながら、期せぬ指摘となったTボーンの言葉を思い出す。
『フォンドヴォー、多分美味いものは皆に同じように配りたいんだと思うっぺ。
 だから、リゾットだけもらわなかったらフォンドヴォーが残念がるんじゃないっぺか?って、思って。うん』
確かにそうだ。いや、そうじゃない。
あの飴は確かに皆に配るために買ってきたものなのだろうけど、それはきっと不公平以前の問題。Tボーンは知るはずもない、オレとフォンドヴォーだけの事。
何故、フォンドヴォーはオレに飴を差し出した?
明らかに飴を欲しがる連中よりも先に、オレに?
(どうしてそんな事にも気づけなかったんだ、オレは)
赤の他人に指摘されるまで、フォンドヴォーの行動の意味を考える事さえしなかったなんて。
彼がオレに伝えようとしたほんの小さな気持ちを、オレは自分の我が侭でふいにして彼を遠ざけた。
どんな事をするにしてもオレが一番だと、フォンドヴォーは小さな飴に込めて伝えようとしていたのに。
(ごめん、フォンドヴォー、ごめん)
足と気持ちばかりが急く。そんな時に限ってフォンドヴォーの姿は見つからない。
彼は気にしていないのかもしれない。Tボーンの言った事が当たっているという確証もない。だがもしそうだったらと思ってしまった以上、後悔せずになどいられなかった。
蓋を閉めて背を向けた一瞬のフォンドヴォーの視線は、今思い返せば、確かに。
「…フォンドヴォー!」
今日の野宿にと決めた場所から少し離れた小川のほとり、手を洗っているフォンドヴォーの姿をようやく見つける。手袋をはめながら近づいてきた彼にすがりつく。焦燥のせいで思いがけず息が上がっていた。
「おいおい、どうしたんだ。そんなに慌てて」
「飴…、さっきの!まだ残ってるか!?」
「飴?ああ、あれか」
川原に置いてあったいつもの棺桶から瓶を取り出し、フォンドヴォーがオレに投げてよこす。受け取ったその瓶には川原の景色が綺麗に透けて見えた。
「残念でした。コロッケ達が根こそぎ持ってったよ」
空の瓶を手にオレは大きく溜め息を吐く。その様子を見たフォンドヴォーがオレの頭をよしよしと撫でた。いつものように。
「そんなに欲しかったなら、最初にもらっておけば良かったのに」
「違う。飴が欲しかったんじゃない。いや、欲しかったけど、違う」
「?」
自分でも何を言っているかが分からなくなりそうで、一度大きく頭を振る。不思議そうな顔でオレを見ているフォンドヴォーに視線を合わせ、オレは瓶を抱えたまま頭を下げた。
「ごめん。気づけなくて」
「何が?」
「フォンドヴォーは…オレにこれをくれようとしてた。オレに、一番最初に」
顔を上げる。オレを見る彼の瞳は、いつものように優しく微笑っていた。
「なのに、オレは」
気づけなくて、と続けようとした俺の手からフォンドヴォーが空の瓶を手に取る。目をすっと細めると、もう一度オレの頭を撫でて彼が言った。
「んん。まあ、そういう事ではあった、けど」
「ごめん…」
瓶を棺桶に戻し、近くの岩に腰掛けるフォンドヴォー。近づいたオレを見上げながら、からかうような口調で言った。
「本当は、リゾットと二人で食べたかったなあ」
「あれを?全部?」
「うん」
「全部って…いくらなんでも多いだろ。それに、他の連中に見つかったら」
真顔で返したオレを見上げる顔が笑う。こんな笑顔にオレは本当に弱い。
「まあ、流石に二人で全部は多いな。配るつもりではいたさ。リゾットが受け取らないかもってのも分かってたし、気にしなくていい」
事もなげに言うフォンドヴォーの笑顔がオレの胸を締め付ける。
こんな風に笑う人を、いつも意地を張るオレが寂しくさせているのに。
接ぐべき言葉を見つけられずに膝を折ったオレに、同じ高さになった視線がまた優しく笑った。
「気づいてくれたんだな。それで十分だよ。…だから、はい」
黒いコートのポケットから現れる小さな飴一つ。
「食べる?」
すぐさま大きく頷いたオレの手に飴が乗る。包みを解いて口に入れると、心地よい甘さが染み渡っていく。
「今度は、最初にもらってくれると有り難いな」
「もらう。次は、絶対に」
「うん。よし」
期待してるぞというように、フォンドヴォーの口元がにっと笑った。
「…フォンドヴォーの分は?ないのか?」
ふと気づいて尋ねると、フォンドヴォーはコートのポケットを裏返しにして引き出してみせる。
「それで最後だな」
彼のことだ、コロッケ達にあるだけの飴をあげてしまったのだろう。今オレが口にしている一粒が残っていたのは偶然なのか、それとも。
「もらっちゃ悪かったんじゃ」
「いいや?」
悪戯っぽい声と共にフォンドヴォーが立ち上がり、いつもの高さから彼がオレを見つめる。
ほんの一回瞬きをする間に塞がれる唇。両頬を包んだ手袋越しに彼の体温が伝わった。
「!」
飴を口にしたままのオレの唇を温かな舌がなぞる。まるで飴を食むように彼の唇がやわやわと動き、軽く吸い付かれた。
「ふ、っ…」
Tボーンの言葉を聞いた時とは違う感覚に背中が跳ねる。
静かに両手を離してオレの顔を覗きこむと、してやったりという顔でフォンドヴォーが言い放った。
「俺はこっちの飴の方が美味しいからいいんだ」
「ば…!」
「おっ、いたいた。フォンドヴォー!飴、まだ残ってるぺかぁ~?」
オレが反論の声を上げようとした瞬間、追いついてきたTボーンがこちらに声をかける。やたらと接近していたオレとの距離をさりげなく離しながら、フォンドヴォーはTボーンに肩をすくめてみせた。
「悪いな。売り切れだよ」
「あー、やっぱりだっぺか。仕方ないっぺなー」
「その分は夕飯で腕を振るうってことでひとつ。先に戻ってるぜ」
笑いながら言うと、フォンドヴォーは食材や道具の入った棺桶を背負って野宿場所に戻っていった。
「へへ、フォンドヴォーの作るメシは美味いっぺからな~。何が食べれるか楽しみだっぺ」
「…そうだな」
隣へ来て、オレの口の動きを見たTボーンが尋ねた。
「あれ?飴、あったんだっぺか?」
「一つだけな。フォンドヴォーがくれた」
「そうかあ。リゾットが最後の一個もらったなら、ちょうどよかったっぺな」
久しぶりに口にするイチゴ味の赤い飴はいつも以上に甘く感じられる。
「でも、オレだって」
Tボーンに聞こえない程の小さな声で呟いた。


「そっちの飴の方がいいに決まってる、だろ」


…こんな事は絶対に、あいつには言ってやらない。


END