izayoi(フォンドヴォー×リゾット)



手をつないでくれる人ができた。

彼は誰にでも優しく、分け隔てをしない。
騒がしい連中との道中、いつも一歩後ろにいて兄のように皆を見渡しているように思えた。
頼れる存在であるのは間違いなく、彼の強さも尊敬できる。
その彼がオレを、オレだけを見てくれている時間があるというのが距離が近づいた今でも、不思議に思えるぐらいだ。

「今夜は寒いな」
室内でも息が白くなるような、暖房もない安宿。
満月よりわずかに欠けた月が架かる、窓の外の山並みを眺めながら彼が呟いた。
あの山を越えれば、オレの故郷グランシェフに辿り着く。
今回の旅も明日で終わろうという夜。
「寝るか」
彼はそう言い、オレの真横へ来て微笑んだ。
「…ん」
オレが頷いて布団へ入ると、彼も静かに入り込んでくる。
部屋にベッドは二つあるのだが、最近彼とはこうして一つの布団で寝るようになっていた。
男二人で一つのベッドは流石に狭いが、彼の温もりがあることで全くといっていいほど寝苦しさはない。
むしろ、心地いいからこうして傍にいる。

…それも、今夜で終わる。

彼の腕がオレの首から肩へ回り、静かに抱き寄せてくれる。
そのまま頭を撫でてくれるのがいつもの事になっていた。
いつもの事になるくらいの時間が流れ、わずかずつだが二人でいる時間ができ、
なんとなく空気が変わってきたように思えてきた矢先に、この旅が終わる。
聞きたい。この先どうするのか、と。
師匠の敵討ちを目標に旅を続ける彼のことだ、きっとまたどこかへ行くのは間違いなかった。
そして、オレはそれについていく事ができない。
今回帰郷すれば、少なくとも数ヶ月の間はグランシェフの再興のため留まらなければいけない約束だからだ。
我が侭など言えるはずもない。
むしろ、こんな時間があるというだけでも幸せなんだろう。

それでも。
オレは。

と、いきなり眉間の辺りがぐいぐいとつつかれた。
「む、っ」
「皺出来てるぞ、皺」
言いながら、まだオレの眉間をむにむにとほぐす彼。
「リゾットの癖なのかもしれないけどな。あんまりそんな顔してると皺の跡がつくぞ?
 せっかくの美人がもったいない」
笑いながらフォンドヴォーが言う。
自分の眉間の皺なんて気づきもしなかった。
それだけ、顔を見られてたということだろうか。
そっちだってしょっちゅう難しい顔してるだろう、と返すところだが今はそんな事がいえる気分じゃない。
ただ、子供のように彼にしがみついていることしか出来ない。

弱いオレ。
彼は相変わらずオレの頭を静かに撫でてくれている。
言えば変わるのか。
彼はグランシェフに留まってくれるだろうか。
口にしてしまいそうな言葉を必死で食い止める。
そんな甘えを口にすることなんかできるはずがない。
言った所で、彼を引きとめることもできはしないんだ。
諦めろ、と暗示のように繰り返す。
こんな弱い自分の存在をフォンドヴォーに悟られたくなくて、オレはただきつく目を閉じ、俯くしかできなかった。

彼のもう片方の腕がオレの背中に回り、意外なほどにきつく抱き寄せられる。
「明日、グランシェフに着くな」
オレは答えない。答えられない。
「今度は、しばらく国に残るんだろ?」
言葉を封じるように、彼の肩に顔を埋めた。
「…リゾット」
それ以上喋らないで欲しかった。
このまま泣いてしまいそうだった。
「…離したくない」
呟いて、フォンドヴォーがオレの頬に口づける。
「本当は、ずっと、……傍にいたい」
かたことの言葉と、一段と強い力で抱きしめられる。
限界だ。
「…行くな」
「うん。行きたくない」
「行くな…馬鹿」
「連れてきたいなあ…このまま」
短い言葉が全てを語る。
彼はオレと共に残ってはくれない。
止められない涙が彼の肩を濡らしていく。
「戻ってくる。帰ってくる。…絶対に」
信じられる言葉。裏切らない気持ち。
けれど、一旦放たれてしまったオレの感情はただ涙と嗚咽になって溢れ出し続ける。
グランシェフを取り戻そうと誓ってからの長い時間にさえこんな苦しみはなかったというのに、
ただ数ヶ月の別れがあまりにも怖くて、どうにかなってしまいそうで。

唇が塞がれた。
柔らかな感触がオレを確かめるように何度も重ねられる。
「好きだ」
耳元での低い囁き。
「戻ってきたら…出迎えてくれるか」
当たり前だ。オレにはそれぐらいしかできない。
頷いて、力の限りに彼にしがみついた。
「…ありがとう」
オレの顎を手繰り寄せ、再びキスをくれる。
と、フォンドヴォーの手に力が入り、オレの口が開かれたかと思うといきなり温かいものが入り込んでくる。
「!…っ!」
入り込んできたのがフォンドヴォーの舌だと分かるまでに数秒を用し、
あまりにも突然のことにオレはどうすることもできない。
背筋をぞくぞくとした感覚が走り、身体から力が抜けていく。
「か…はっ」
フォンドヴォーはオレを押し倒し、一旦唇を離したかと思っても呼吸の隙も与えないほどの口づけを
またオレに与え、深くオレを貪ってゆく。
そんな時間が1分以上も続いただろうか。
「…ごめん…」
息を荒げたまま、ようやく彼が身体を離した。
オレはといえば指先にすら力が入らず、起き上がることもできない。
「驚かせたよな…怖かった…?」
オレをそっと抱き寄せて、心配そうに彼が尋ねる。
こんな事は初めてだし、フォンドヴォーはまるで別人のようだった。
けれど、これは彼がオレを求めての事だと分かっているから。
彼の腕の中でオレは首を横に振った。
「ん…そうか…良かった」
きゅうっと抱きしめられ、今度は額にキスされた。
「戻ってこいよ」
赤い髪に指を通しながら、オレはフォンドヴォーに告げる。
「待ってるから」
空白の時間への得体の知れない恐怖がないと言えば嘘になる。
だけど、その後には必ずまた彼がいるはずだから。
「分かってる。出来るだけ早く戻るから」
その言葉を信じて待ち続けようと、決めた。
「好きだ」
「うん」
オレの言葉に答えるように、優しいキスをフォンドヴォーがくれた。

いつものように、フォンドヴォーがオレの頭を撫で始める。
「…寝たくない」
安心するからなのか、頭を撫でられるとオレはわりと早く寝てしまう。
今夜くらいはできるだけ起きていたいと思うのに。
「俺もかな…
 リゾットの寝顔を見るまでは寝ないけど」
「何だそれ…卑怯だぞ」
「リゾットが可愛いからだ」
「だから、男に可愛いってのは全然褒め言葉にならないって何度言ったら分かるんだ」
「嘘じゃないぜ?リゾットは可愛い。可愛くて仕方ない」
「…もういい」
フォンドヴォーは時々無条件にオレを褒める。
褒め言葉になっていないとオレは思うのだが、彼にはこれが一番の褒め言葉らしく、
何度注意しても改善される様子はない。
彼がまたグランシェフに戻ってきてオレに会っても、変わらずにこんな風にオレを褒めるのだろうか。
そう思ったらちょっとおかしくなった。
そしておかしな事に、彼が可愛いというオレのままでいれれば、とも思った。
「おやすみ」
「ん…」
呟いたフォンドヴォーの唇にオレから口づける。
彼の口元が微笑った。
次のキスは明日の朝。
フォンドヴォーがグランシェフを発つまでにも、必ず何度かはキスをしてやろう。オレの方から。

彼の鼓動を感じながら、そっと眠りに堕ちていった。


END