Pegasus Passport 3(フォンドヴォー×Tボーン)



翌日、Tボーンが目覚めた時には既に空高く太陽が昇っており、フォンドヴォーの姿はウェルウェル=ダンダン村から消えていた。起こしてしまうのは可哀想だからと言って、朝起きていた家族にだけ挨拶を告げ、オコゲ道場に向けて彼は出発したのだと言う。
本能に忠実に眠りをむさぼったせいで、見送りが出来なかった事にTボーンが落胆の溜息を吐く。気力をなくし、ふにゃふにゃと台所のテーブルに突っ伏していると、Tボーンの目の前に母が皿をひとつ差し出した。
皆で食べてくれとフォンドヴォーが用意し、作っていったおにぎりの残り二つだった。
ラップ包みのおにぎりを鷲掴みにし、Tボーンは自室に戻った。ベッドに腰を下ろすが早いか、ラップをはがしておにぎりを口に押し込む。昆布とツナマヨ。旅の中で彼がよく作ってくれた味だった。
フォンドヴォーがそういう気の使い方をする人だというのは分かっている。だが、しばらく会えなくなる時に挨拶も交わせないなんて、寂しさを通り越して悔しいが勝った。見送りたいから必ず起こしてくれと頼んでおくべきだったのかもしれない。
悲しい気持ちを飲み込むようにおにぎりを胃に収め、Tボーンは頬杖をついて視線を彷徨わせる。ぼんやり眺めていた室内にあったのは、読みやすい字の書かれたメモだった。
あれから二か月が過ぎた。あの日フォンドヴォーが書いていった連絡先は、夏になった今もTボーンの部屋に貼られている。旅館ヴルーテに連絡をすれば、いつか何らかの形でフォンドヴォーに伝わるだろう。そうすればまた、彼が遊びに来てくれるかもしれない。
「でも、いつになるかは……」
不意に記憶の底から蘇ったフォンドヴォーの声を思い返しながら、Tボーンはメモをつまんで壁から剥がした。季節は過ぎ、夏になった。このまま待てば秋が来るだろう。やがて冬も。
その間待ち続ける勇気はあるだろうか。いつになるとも知れない来訪に期待し続けられるだろうか。こちらから連絡をとったとて、それが彼に届く日さえ分からないのに。
どうでもいい人間の事など思い出したりはしない。ここに連絡をくれ、という彼の言葉が今日聞こえたのにも、きっと何か理由があるはずだ。
言葉に出来ない宿意を手繰り寄せようと、Tボーンは目を閉じて必死に答えを探す。

『じゃ、お邪魔させてもらうか』
至近距離で微笑んだ、忘れられない金色の瞳。

『見てたら、このまま寝るかなと思って』
気づかぬうちに渇望していた、彼の存在。

『ありがとな、フォンドヴォー』
『どういたしまして』
咀嚼するように、落とし込むように、大切な夜の記憶を何度もなぞる。
他の誰でもない。こんなにも、こんなにもこの文字の主に思いを馳せてしまうのは。

メモを手のひらに挟み込み、細く息を吐き出して目を開く。
連絡を取りたいと思う気持ち。それを上回る欲求を、Tボーンは言語化した。
「会いたい、んだ」
優しい声が胸の中に響く理由。ただ一晩、起きていられなかった後悔だけでそう願うからではなかった。
会って、話をして、共に旅をして、笑顔の彼の隣にいたいという強い感情が、焦がれるほどに育ってしまっていた。
それが今一番叶えたい、確かな情動だとTボーンは理解した。待つという行為で己の気持ちに嘘をつくむず痒さは、ここでかなぐり捨てると決めた。
躊躇いはなかった。すぐさま愛用の手袋、骨ヌンチャク、小銭と僅かな着替えを袋に詰め込む。連絡先のメモも持ったが、それに頼るよりも自らの力で彼を探し出したい、と心が叫んでいた。
「父さん、母さん! オラ、ちょっと旅に出る! 行ってくるっぺよ~~!!」
説明も省略して走り抜けざまに家族に告げ、すぐさま家のドアを押し開ける。村の入り口まで一目散に走り、分かれ道で大きく息を吸い込んだ。
「…………、こっちっ!!」
流石に鼻のいいTボーンでも、二カ月前の人間の行き先を匂いで探す事は出来ない。深呼吸は景気付けのようなもの。己の勘を信じてフォンドヴォーを探すという決意と共に、Tボーンは指さした先、グランシェフ方面へ向けて走り出した。
(オラが突然会いにきたら、フォンドヴォー、どんな顔するっぺな)
再会はいつになるか分からない。だが彼が見つかるまで、この世界のどこだろうときっと探しに行ける自信がある。驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。彼に目的地があるなら付き添うし、用事が全部終わったらウェルウェル=ダンダン村に来て欲しい。その時は手を引いて連れてきたい。今までの話が出来なかった分、フォンドヴォーと一緒に旅をして、二人で思い出を作りたいんだ。
それはきっと、とても楽しいことのはずだから。
パスポートを手に異国へ発つ旅人のように、彼は期待に満ち溢れた笑顔で走る。待つ事では持ち得なかった可能性に賭けて、Tボーンは旅に身を投じた。


己を突き動かす衝動の名を、彼はまだ知らずにいる。


END