Pegasus Passport 2(フォンドヴォー×Tボーン)



春の陽光が和らぎ、新緑が鮮やかに輝いて夏の気配が見え隠れする頃。修行の旅を続ける途中で、フォンドヴォーが村に立ち寄って姿を見せてくれた。
Tボーン達が喜んで迎え入れると、泊めてもらう礼だと言って、フォンドヴォーは家族みんなの食事を作ってくれた。母の料理と並ぶ懐かしい味を心ゆくまで堪能して過ごし、二日目の夜にTボーンは自室にフォンドヴォーを招いた。共に旅をしていた頃の話を、夜更かししてでもあれこれ話したいと思ったからだ。
「……あれ?」
だが、思い出話をしていたはずが、気づけばTボーンはベッドに横になっていた。
「悪い、起こしちゃったか」
こちらを覗き込んで、Tボーンの肩に布団をかける姿勢でフォンドヴォーが返した。
「いい感じに船を漕ぎ始めてたから、このまま寝かそうと思ってベッドに移したんだ」
「ありゃ……オラ寝ちまってたっぺか。フォンドヴォーともっといっぱい話したかったん……」
ふああ、と言葉の代わりに欠伸がTボーンの口から漏れる。時計は示す時間はいつもの就寝時間から二十分ほど過ぎているが、これが彼の夜更かしの限界らしかった。眠気に抗えないTボーンを抱え上げ、フォンドヴォーがベッドに寝かせたのだろう。
「眠いんだろう? そのままおやすみ」
「でもオラ、ベッドじゃなくてそっちの布団で」
体を横向きにし、ベッドから降りようとしたTボーンの頭をフォンドヴォーが撫でる。客であるフォンドヴォーが滞在している間、彼はTボーンのベッドを借り、Tボーンは床に用意された布団で寝ていたからだ。
「俺は大丈夫。こっちで寝かせてもらうから」
おやすみ、と言って床の布団にフォンドヴォーが潜ろうとする。同時に、布団からはみ出た紅の髪をベッドから伸ばした手でTボーンが掴んで引いた。髪から伝わった感触にフォンドヴォーが首を動かすと、赤髪を手にした姿勢のTボーンと目が合った。
「フォンドヴォー。オラと一緒に寝てくんろ」
「ええ?」
Tボーンはもう片方の手でベッドの枕をぽんぽんと叩き、こちらに来るようフォンドヴォーに促す。誘いの言葉に込められているのは、満足に話が出来なかった事への不満らしかった。
「俺が入ったら、ベッドが狭くなるけど?」
「いんだ。だって」
大切な人と過ごす時間はあまりにも早く過ぎる。騒がしい仲間といた時間も、数えればきりがないほど沢山の出来事があったのに、手を伸ばしても届かない場所に置き去りになってしまったように感じる。
「フォンドヴォー、明日にはもう出てくんだっぺ?」
彼の意志を妨げるつもりはない。それでも、Tボーンの声には僅かな寂しさが滲む。
過去の旅路を共にしてはいたが、他の仲間に比べてフォンドヴォーと一緒にいられた時間は少なかった。訪ねてきてくれた今こそが話をするいい機会だと思ったのに、眠気がそれを許してくれないなんて悔しいにも程がある。
「長くいられなくてごめん。オコゲ師匠の所にも行ってみたいと思っててな」
本格的な夏が来る前にオコゲ道場を訪ね、体力を温存して次の目的地へ行きたいというフォンドヴォーの都合も分かる。だから甘えるのは今夜だけ。眠気と戦いながら精一杯に伸ばしたTボーンの手を、掴まれた髪ごとフォンドヴォーが握り返した。
「じゃ、お邪魔させてもらうか」
そう言って起き上がり、フォンドヴォーがベッドへと体を滑り込ませた。逞しい腕に背中を抱き寄せられ、Tボーンはフォンドヴォーの肩に顔を埋める姿勢になる。
「寝返りはあんまり打てないぞ。辛かったら、言ってくれれば下に戻るから」
「ううん。大丈夫だ。大丈夫」
飼い主に甘える犬のように顔を擦り付ける。子供の我が侭を受け入れて彼が隣にきてくれた事で、心が満たされていくのをTボーンは感じた。
「ありがとな、フォンドヴォー」
「どういたしまして」
自然に背中を撫でてくれる温もりがこんなにもあたたかい。少しでも気を抜いたら眠気にノックダウンされてしまう。一呼吸の時間すら惜しむように、Tボーンはフォンドヴォーの存在を感じとる事に全身全霊を傾ける。この記憶を忘れまいと、彼の首に腕を回して頭を撫で返した。
「また、遊びにきてくれるっぺか」
「そうだな。グランシェフあたりへ足を伸ばしてからになるけど」
「それじゃ、夏の間は会えないっぺなあ。フォンドヴォーがどこにいるか、オラにはわかんねえし」
最近は遠くにいても連絡が取れるような便利な道具もあるらしいが、それは相手と自分の両方がその道具を持って初めて成立する。Tボーンの家にあるのはせいぜい電話くらいで、仲間達もその電話に前もって訪ねる旨を伝えないので、Tボーンに出来るのはただ待っている事だけ。
「連絡か。一応受け取れなくもないけど……」
「え? そうなんだっぺか?」
「どこにいてもすぐに呼び出せる、とかじゃないけど。グランシェフの近くに行ったら泊まるって決めてる旅館があるんだ。そこに手紙や言づてが届けば、受取人が泊まりにくるまで取っておいてもらえるって仕組みさ」
「へえー、そういうのが出来るっぺか」
「師匠を探してる時に、バーグって人が来たら俺にメッセージをくれるように、それか連絡先を教えてくれるようにって旅館の人に頼んでおいたんだ。まあ、あの人は連絡をこまめにするような人じゃないから、結局伝言の一つももらえやしなかったんだが」
それでも、バンカーとしての腕を買われて護衛や力仕事の依頼が来たこともあるから、全く役に立たなかったわけじゃないけど、とフォンドヴォーは言った。
「そうか。そこに連絡すれば、フォンドヴォーにオラの言いたい事が届くんだっぺな」
「問い合わせ先、教えておこうか。ヴルーテって所だけど、明日の朝覚えてる自信がないから、今のうちに書いておこう」
そう言うとフォンドヴォーはベッドを抜け出し、部屋にあった紙に旅館ヴルーテの住所と電話番号を書き付け、ペンと一緒にメモをテーブルに置いた。
「連絡が取りたくなったら、ここへ手紙か電話をくれればいい。立ち寄った時に確認するから」
「分かったっぺ」
再びベッドに戻ろうとした所で足を止め、膝を追って、フォンドヴォーは体をベッドにもたせかけてTボーンを見つめる。
「ん。ん」
早くベッドに入れ、という意志表示に鼻を鳴らしながらベッドの枕をTボーンが叩く。そんな彼の様子を満足気に眺め、ひとしきりTボーンの頭を撫でてから、フォンドヴォーがベッドに入った。
「なんですぐ入んなかったっぺか」
「見てたら、このまま寝るかなと思って」
「オラまだ寝たくないんだぁ。もっとフォンドヴォーと話、した……ふあ……ふぁ~~……」
本能に忠実に何度も欠伸を繰り返すTボーンを抱き締め直し、フォンドヴォーが優しく告げる。
「話は、これからまた沢山できるさ。今日はおやすみ。な」
「…………うん……」
人肌の温もりが意識を溶かす。
数秒もしないうちに、Tボーンは深い眠りに落ちた。