PEUT ETRE CE SOIR(フォンドヴォー×Tボーン)



「いてて」
治りつつある脇腹の傷口に布をあてがい包帯を重ねる。風呂に入ったりするとまだ少し沁みるそれはこの間のバンカーバトルで負わされた傷痕だった。薬は塗っているし、あと数日もすれば完全に傷口も塞がるだろう。動くのに支障がない程度のきつさで包帯を巻き終え、シャツを着ようとベッドから立ち上がろうとした。
「……」
と、いつの間にかTボーンが俺の腰掛けているベッドへとやってきていた。ついさっきまで自分のベッドで気持ち良さそうに眠っていたので、起こすのも何だとそのまま寝かせておいたはずだった。無言のまま俺の後ろ側に座ると、俺の背中側から肩口へ顔を埋めてこちらの腕にぎゅっとしがみつく。
「どうした。眠いか」
「ううん」
小さく首を横に振りながら俺の手に指先を絡めてくる。いつもの彼なら俺の真正面からのしかかるように擦り寄ってくるのだが、俺が負傷してからは彼なりに遠慮しているのだろう、そうしたスキンシップも少なくなっていた。
「大丈夫。傷はあと少しで良くなる」
「ん。早く治るといいっぺな」
俺の手を握るTボーンの指先に力がこもる。俺の肩に顔を押し付けたままTボーンは動かない。時々俺を確かめるように摺り寄せられる頭を撫でた。
「一緒に寝るか?」
「ん…うん、嬉しい」
そう返すものの、いつもなら布団だ布団だと喜んでこちらのベッドに潜り込んでくるはずのTボーンが動く気配を見せない。いつもの彼と違う反応に少し戸惑う。具合でも悪くしたんだろうか。表情の見えない彼と視線を合わせるために手を繋いだまま少し身体を傾けた。
「どうした?」
「ん…?ううん、どうもしてねえ」
「なんかいつもより静かだから。寝ようか、ちょっと待ってて。すぐ服を着る」
「あ」
こちらから布団に誘った方がいいかと思い、シャツを着るために一旦Tボーンの手を離そうとするとそれを制止するかのように強く握り返された。
「うん?」
「オラ、今日はこのままがいい」
そう言ってTボーンは再び俺の肩に顔を埋めた。この格好のままでも寒くない程度の気温だけれど、服を着るななんて言われてさらに戸惑った。
「どうしたんだ、Tボーン。服、着ちゃいけないのか?」
「ん…、フォンドヴォーの身体、あったかくて気持ちいいから」
俺にちらりと視線を向け、また俺の肩に顔を埋めるTボーン。彼がまだ何かを言い淀んでいるような気がして、俺は彼の肩を抱き寄せて頬に口付けながら言った。
「分かった、服はなしでもいい。布団に入ろう、Tボーン。…手だけじゃなくて、早くTボーンをぎゅっとしたい」
「ん、んー」
絡めた指先を持ち上げながら彼の表情を伺う。普段なら俺は彼からの無邪気なアプローチに押される事だってしばしばなのに、今日のTボーンは借りてきた猫のように大人しい―――彼の本質は犬だけれど。
小さなランプの明かり一つに照らされた室内に満ちるオレンジの明かり。薄暗い部屋の中で見るTボーンの表情がいつもの彼とは違って見えた。
「寝たくない?」
「そうじゃねえ…」
「じゃ、どうしたいんだ。Tボーンは」
「……フォンドヴォーと、こうしてたい。だって」
何度か目を瞬かせた後、Tボーンが言った。
「フォンドヴォー、すごい色っぽい……から」
「ええ?」
そしてその言葉の意外性に、今度は俺が目を瞬かせる。
「い、色っぽいって。そんな風に思ったんだ?俺が、服を着ないでいたから?」
「それもあるけど…さっき目が覚めたら、フォンドヴォーが包帯巻いてたんだっぺ。それをオラ、ベッドから見てたんだけど」
恥ずかしい事を口にしてしまった、という彼の気持ちが俺から視線を背けさせる。
「フォンドヴォーの髪が、肩にかかってて。そんなのいつもだけど、でも、なんか、それ見たら……」
振り向きざまに零れる髪の色気や肌の魅力というのは分からなくはないけれど、それはその対象が綺麗な女性などの場合じゃないのだろうか。俺自身は自分の色気なんてものは意識した事もないし、それについて誰かに言われた事もない。ただ何気なく包帯を巻いていただけなのだけれど、それでもTボーンには何かこう、気にかかるような光景に見えた…のだろうか。
「俺の事が気になっちゃったんだ」
「…うん」
「そのまま、くっつきたいって思ったんだ」
「うん」
「そうか」
Tボーンの頭を撫でながら、俺は心の中で小さく笑った。あのTボーンが俺をひとつの欲求の対象として見るようになるなんてな、と。決して彼の子供っぽさを笑うのではなく、自分の中に芽生えた新たな感覚に戸惑いを隠せないでいるTボーンの様子がとても可愛らしかった。
「色っぽい、か。そんな風に言われるなんて随分予想外だ」
「い、イヤだったらごめんだっぺよ。オラ、やっぱり変な事言ったっ」
慌ててこちらに気を使ったTボーンの様子にまた顔が緩む。
「全然。Tボーンにそんな風に思ってもらえるなんて、すごく嬉しいさ」
「そ、そうなんだっぺか?」
「自分が色っぽいかどうかなんて分からないけどな。でも、Tボーンは俺の事を好きだからそう思ってくれたんだろう?」
「…うん。そうだ」
「ならそれこそ嬉しい。今夜は服は着ないから、どうぞお好きなように」
より近くで俺を感じたいと求める彼に応えようと、俺は彼の手を強く握り返した。それでようやく安心したのか、Tボーンが体重を俺に預けるように身体を寄せた。空いた方の手で俺の胸板から脇腹に巻かれた包帯をそっとなぞる。その優しい感覚に首筋と背中がぞくっと粟立った。
Tボーンが俺の髪をつまみ、捧げ持つようにして口付けた。そのまま首筋に顔を埋めて満足そうな息を吐く。耳に届いた吐息の暖かさに再び背筋が震えた。
「フォンドヴォーの髪、いい匂いだ…あったかい…だいすき…」
安堵しきった甘い声。そんな何気ない彼の仕草に、俺は今までにない欲求を覚え始めていた。それはちょうどTボーンが言っていた「色っぽい」それであり、愛しさからくる今まで以上に強い欲求。衝動に急かされるようにTボーンの首に顔を埋め、柔らかい首筋に音を立てて口付けた。
「ひゃっ」
「Tボーンだって十分色っぽいけどな」
「そ、そんなことねぇっ」
慌てて否定しようとした彼の耳を舐め上げる。
「ふぁっ!」
「ほら。すごい可愛い」
「う、う~~」
された事のない俺の行動にどうしていいのかが分からないのだろう、Tボーンが俺の胸元に顔を埋めて俯く。いつもと違う彼の仕草の全てが愛しくて、あと少し気を緩めたらこのままひとつ先へ進んでしまいそうな気さえした。
「寝よう。な」
Tボーンが小さく頷く。彼の肩を抱き寄せて、そっと布団をかぶった。再び擦り寄ってくる彼を強く抱き寄せて、俺も存分に彼の存在を確かめた。血色のいい頬に口付けると、穏やかな微笑みが返ってくる。
「肌の色が違っても、やっぱり気持ちいいもんなのか」
「ん?何だっぺ?」
ふと俺が口にした疑問にTボーンが顔を上げる。
「いや。俺の肌の色はみんなと違うからな。それでも、くっつくと気持ちいいものなのかなって。自分じゃこういうのは分からないし」
「うーん、オラもあんまり、他のみんなとぺたーってした事ねえけど」
俺の心音を確かめるように顔を摺り寄せながら、Tボーンがはっきりと言った。
「肌の色なんて関係ね。フォンドヴォーはフォンドヴォーだ。オラはフォンドヴォーが大好きで、フォンドヴォーとくっついてると気持ちいんだ。絶対に」
「……ありがとう」
俺の全てを受け入れてくれた相手を、傷の痛みも構わずに全力で抱きしめる。
この人にこれからも好きでいてもらえる自分でいたいと強く思った。

とりあえず、髪は当分長いままでいよう。


END