Secret(フォンドヴォー×Tボーン)



いつものように繰り返される日常の光景。
「俺は買い出しをしてから宿に戻る。先に行っててくれ」
「ああ、分かった」
市場の立ち並ぶ道に足を踏み入れながら言うフォンドヴォーにリゾットが頷いた。
「じゃあオラ、荷物持ちするっぺ!」
仲間達と離れて歩き始めたフォンドヴォーの後をTボーンが追った。活気の溢れた声が飛び交う街の通りを二人は並んで歩いた。
「何買うっぺか?野菜か、肉か、それともコロッケ達へのおやつだっぺか」
「そうだなあ……何を切らしてたっけ。パンと、卵と、ピクルスくらいかな」
「ピクルス?オラあんまり好きじゃねっから、そんなに買わなくてもいっぺよ」
「ん。Tボーンが好き嫌いってのは珍しいな」
「せっかく美味い肉がパンにはさんであっても、あの酸っぱいのが入ってるとがっかりするっぺよ」
「そうか。じゃあ今度、Tボーンでも食べられるような味のピクルスを考えてみるか。それ用にコリアンダーを買おう、レモンで風味を足すのもいいかもしれないな」
「へへ、フォンドヴォー特製のピクルスだっぺか。それなら食べられるかもしれね」
他愛無い会話をしながら必要な食材を買い歩く。さほど量は多くない荷物は買い出しについてきた手前Tボーンが率先して受け取る。おおよそ必要な物を集めきる頃、街はうっすらと夕暮れの赤に染まり始めていた。
「よし、あとはウスターの酒だな。それだけ買ったら宿に戻ろう」
「なあ、フォンドヴォー」
「うん?」
呼び止められ、数歩先に進んでいたフォンドヴォーが振り返る。見つめた先のTボーンは後ろを向いていた。
「どうした。何か欲しいものでもあったか?」
「……どして、さ」
歩み寄ってニット帽ごと彼の頭を撫でる。夕暮れの街に投げかけられていたTボーンの視線がフォンドヴォーへと移る。その動きと共に発せられた声は、いつもの彼らしからぬ落ち着いた、どこか寂しげなものだった。
「どして、オラ達、あんな風にしちゃいけねんだろ」
そうフォンドヴォーに問いかけて、再びTボーンの視線が歩いてきた通りを見る。夕暮れの街には家路を急ぐ親子連れの姿。そして、多くの男女が仲睦まじげに手を繋いで歩くのが見受けられた。Tボーンの視線は明らかに、そうしたカップルを追いかけていた。
手袋をした手がフォンドヴォーの腕を掴んだ。手を繋ぐ事はしない。人波の中ではぐれる事がないように相手の袖を掴んだ、そう見えるTボーンの行動。だがそれがフォンドヴォーに答えを促しているのだと、腕を掴まれた側のフォンドヴォーはすぐに理解した。
「……うん。そうだな。難しいな」
突然の問いに上手い答えが導き出せず、彼にしては曖昧な返答と共にフォンドヴォーが再びTボーンの頭を撫でた。僅かに口を引き結び、通り過ぎる恋人達を見つめているTボーンの目に浮かんでいるのは明らかな羨望と僅かな諦め。
仲間の誰も知るはずのないフォンドヴォーとTボーンの関係。二人きりの時にだけ紡がれる強い好意を示す言葉。けれど、それは一般的な恋人達にはごく簡単で当たり前の行為。どこで手を繋ごうと肩を抱こうと咎める者はいない。他人は他人、自分は自分の考え方をマイペースに貫くTボーンが、この時ばかりは珍しくそうした他人に許された事を羨ましそうに見つめていた。
「なあ、ウスター達に言っちゃ駄目なんだっぺか?オラ達が仲いいの嘘じゃないし、皆だってオラ達の事……」
祝福してくれると思うんだ。
そんな風に繋げたかったのだろう言葉はTボーンの口から発せられる事はなく、彼はただ静かに視線を足元へ向けた。
子供から大人への階段を上りつつあるTボーン。彼の心に芽生えつつある『世間の常識』と『羞恥心』のようなもの―――言わば『モラル』とでも表せるだろうか―――が、二人の関係を誰に明かす事もなくここまでやってこれている。けれど、やっぱり彼の中にはもうひとつの欲求があった。
大事な人がいるんだと教えたい。
その人といる時間の幸せを、皆に理解してもらいたい。
「そうだな。……言えたら、いいんだけどな」
その気持ちを肯定してやれない己に歯噛みしながら、フォンドヴォーはTボーンの手を握った。彼の手からはすぐに強い力が伝わってきた。頷いてくれなかったフォンドヴォーを責めているのではない。分かってる、そんな強がりに似た気持ちをTボーンは握られた手に込め返していた。それを手を繋ぐ形で受け止める事くらいなら、許されると思いたかった。
お気楽な仲間達の事だ、全てをばらしたとして、わりと抵抗なく受け入れてくれる、かもしれない。だが本当にそれで幸せになれるだろうか。開示してしまった情報は容易に消す事が出来ないし、異端なものに対して向けられる視線は時として痛烈だ。それを理解しているからこそフォンドヴォーもTボーンにこの事は内緒にしようなと言ってきたし、Tボーンだってその意味を理解はしている。
危険に身を晒すのは、本当にそうしなくてはいけない時だけでいい。
「……好きなのになあ」
フォンドヴォーの事、という言葉を飲み込んだまま、Tボーンがぽつりと呟いた。
二人でいるからこその孤独を振り払えるくらいに彼を愛していられたら。そんな世間一般のモラルなど感じさせないくらい彼の事を好いて、満たしていたいとフォンドヴォーは思った。二人きりの時間も満足とは言えないけれど出来る限りに作ってはいたし、その中で見るTボーンの顔は本当に幸せそうだった。その笑顔に自分が満たされた。それでもやっぱり、恋愛というのはとても貪欲でいくら求めても足りないもの。こと、自分が決して得る事が出来ないものが目の前にあるとなれば、それが羨ましくたって当然なのだ。
その感情の綻びをTボーンが見せてくれた事にフォンドヴォーは感謝した。このまま全てを抑圧していってしまっていたら、どこかで取り返しのつかないすれ違いを生んでしまっていたかもしれない。
「でも、オラ、大丈夫だっぺよ」
沈黙に近づいた場をとりなすように、ごめんな、とTボーンが笑った。
「フォンドヴォーがいるもんな」
一瞬でも他人を羨んだ心に向けて零されたTボーンの苦笑い。もう子供じゃないんだ、我が侭なんて言わない。そう納得したかのように頷いたTボーンの顔は、さっきよりも少しだけ大人びてフォンドヴォーの目に映った。
こうして、誰しもが大人になっていくのかもしれない。
「行くか」
「うん」
繋いだ手をそっと引きながらフォンドヴォーが歩き出す。いつもの笑顔に戻ったTボーンが嬉しそうに隣に並んだ。
秘密を守る切なさは夕暮れの街に溶かしてしまえばいい。
宿に戻ったら二人で部屋にこもろう。精一杯に彼を抱きしめていようと、心から思った。


END