西風にゆれるフローラ(フォンドヴォー×Tボーン)



「きゃっ!」
「あ、すいませ…」
街中の雑貨屋で女の子と肩が触れる。相手から上がった甲高い声に彼の足が止まった。
「あれ、ポーとテトじゃねっぺか」
声を上げた当人が知り合いである事に気付き、Tボーンは二人の少女にひょいひょいと近づく。
「あーあ、見つかっちゃった。だからもう少し早く出ようって言ったのに、お姉ちゃんがもたもたしてるから」
「しょうがないでしょ、履いてきたいブーツが見つからなかったんだもん」
買い物をしに来たらしい姉妹の手には沢山のチョコレート。二人で食べるにしては随分と多いその量に、Tボーンは首を傾げながら尋ねた。
「そんなにチョコ食べるっぺか?ポーもテトも」
Tボーンの言葉に姉妹は顔を見合わせると、小さくくすりと笑う。
「やだ、違うわよTボーン。いくらあたし達でも、こんなにチョコ買い込んで食べたりしませーん」
「この時期に女の子がチョコを買うって言えば、あれしかないでしょ?」
「あれ??」
「バレンタインよ、バレンタイン!」
「…………あー。なんか聞いた事はあるっぺな」
ウェルウェル・ダンダン村を出てから耳にするようになったその風習だが、具体的な内容については知らないというか気にした事がない。年がら年中バンカーバトルに明け暮れている身としては当然かもしれなかった。年中行事に聡くないTボーンの反応に、ポーが説明のために言葉を続けた。
「二月十四日はね、女の子が男の人にチョコをあげる日なの。友達、家族、好きな人、それぞれに違ったチョコを用意してね」
「へー。そっか、オラ達タダでチョコがもらえるっぺな」
「ま、まあみんなにあげるチョコは義理…えっと、本命じゃないけど、ちゃんと用意するから。あんまり期待はしないで待ってて」
状況を都合よく解釈したTボーンにテトが本音を口にしかけて苦笑いする。
「じゃあ、オラ達もあげるっぺか?チョコ」
「あ、うん、それはホワイトデーにお返しをすればいいのよ」
「ホワイトデー?」
「一ヶ月後の三月十四日がホワイトデーって言ってね。バレンタインにチョコをくれた女の人に、男性からお返しをする日なの。キャンディーとかクッキーとかが人気だけど、ハンカチとか香水とかでもいいんじゃないかな。バレンタインにチョコをもらってなくても、お世話になった女性にならプレゼントする理由になるわよ。基本はもらったチョコのお値段の三倍返し、だからね」
チョコを手にポーがえへんと胸を張る。見え隠れする期待を察し、Tボーンが困ったように頭を掻いた。
「ありゃ、プレゼントを返さなきゃいけねえっぺか。タダより安いもんはないんだなあ」
「えへへ、お返し期待してるからねっ。みんなにも言っておいてね♪」
ポーと腕を組み、ぺろりと舌を出してテトが笑った。
「分かったっぺ。今から何かいいプレゼント探しとくっぺよ、んじゃ」
手を振って姉妹と別れたTボーンは早速街中に視線を巡らせた。言われてみれば、いつもよりも赤を主体にしてリボンであしらわれたような売り場が目立つ。そしてその前に山積みにされたチョコレートなどの菓子に多くの女の子が集まっているのにようやく気がつく。
「バレンタインと、ホワイトデーか」
ポーとテトはどうやら自分達にチョコをくれるらしい。風習とは言えそれは素直に嬉しい。だが不思議な事に、バレンタインを知ったTボーンの中に芽生えた気持ちは『チョコをもらえるのが嬉しい』ではなく『プレゼントをする口実が出来たのが嬉しい』だった。
「ホワイトデーはお返しの日か。でも、それだとまだ一ヶ月以上もあるっぺなあ。オラ、できるだけ早くプレゼントしたいから、バレンタインにしよう。うん、そうするっぺ。へへ」
贈り物をしたい相手がいる今。日ごろ良くしてくれるその人に贈り物をする理由に、このバレンタインというのは丁度いいと思った。お互い男同士だからちょっとばかり趣旨とは外れるかもしれないが、プレゼントを目の前にした彼がどんな顔をするだろうと考えただけで自然と胸がワクワクした。
「……そうだ。プレゼント」
色々な店を眺めていたTボーンの足がぴたりと止まった。
「オラ、何あげたらいいんだ?」
バレンタインは女性が男性にチョコをあげる日。多分、あの二人も彼にチョコをプレゼントするだろう。さっきテトが義理だとか本命とか言っていたけど、度合いはどうであれチョコレートを渡したのでは彼女達と同じになってしまう。彼は特別な人なのだから、プレゼントも特別なものでなくてはいけない。女の子達に負けるわけにはいかないのだ。
ならば、その特別とは一体何なんだろう。
「ええと……んと」
眉をしかめて見渡す街中にはチョコレート以外のプレゼントも数多く並べられている。ハンカチにネクタイ、手ごろな値段の鞄なども人気なようだ。けれど自身がお洒落に興味がないTボーンには、何が良くて何がそうでないのかの判断が出来ない。彼を知るポーやテトならいいプレゼントのチョイスも出来るのだろうが、彼女達に聞く事だけは出来なかった。
「う、うう~~…、わかんねっ!」
行き詰まってしまったアイデアに、Tボーンは苛立った様子でぐしゃぐしゃと帽子ごと頭を掻いた。

「おおおー!二人とも、オレ様のためにスゥィートな本命チョコをっもげふっ」
「はーい、みんな注目っ。ポーさんテトさんから愛のプレゼントよぉ」
擦り寄るように近づいてきたプリンプリンを蹴り飛ばしながら、ポーとテトがコロッケ一行の泊まっている宿の部屋に入って来た。ピンクのショルダーバッグから取り出されるのは可愛らしくラッピングされた包み。
「そういえば、バレンタインか。今日は」
二人の来訪の理由に気づいたリゾットが小さく口元を緩めた。
「バレンタイン?何それ?」
「女の子がね、男の子にチョコレートをあげる日なの。はい、コロッケとキャベツには大きいチョコ選んだからね」
「ぼ、ぼくももらっていいのでっすかっ?」
「わー!ありがとー!うまそー!」
クランチピーナッツが入った大きなハートチョコに喜ぶお子様二人。
「リゾットは嫌い?チョコとか」
「い、いや、そんな事は。…ありがとう」
テトからチョコを受け取りながら、リゾットが僅かに頬を赤くした。
「ウスターはちょっと大人めのがいいよね。ウィスキーボンボンなんだけど」
「おー、流石気が利く。ありがとよ、はは、これだからモテる男はツラいぜ」
「ウスターさん、ポーさん達以外からチョコもらってたでっすか?」
「おいっ、そこは今ツッコむ所じゃねえだろっ、キャベツ!くぅぅ」
キャベツの的確なツッコミに、義理でもチョコをくれる相手がいた事に涙するウスターの姿があった。
「オ、オレ様のチョコは…」
「あんたはピロルチョコで十分」
「ひでえ…」
一カネーでいくつも買える事で定評のあるピロルチョコが三個、鼻血を倒して床に転がっているプリンプリンの頭に乗せられた。
「あれ?フォンドヴォーさんとTボーンは?」
そして残りのチョコを渡そうとした所で、二人がいない事にテトが気づく。
「フォンドヴォーなら、食事の材料買うってさっき出かけてったよ」
「Tボーンの奴は…またどっかで昼寝でもしてんじゃねえのか」
「そう言えば、さっきから見ていないが。そのうち帰ってくるだろう」
コロッケ、ウスター、リゾットの言葉に姉妹が顔を見合わせた。
「そっか。直接渡したかったんだけどなあ。リゾット、悪いけど二人にこれ渡しておいてもらっていい?あたし達からって事で」
「分かった」
『何でオレに頼まないんだよ!?』
『あんた達に渡したら横取りするかもしんないでしょっ!?』
プリンプリンとウスター、ポーとテトの叫びが上手い具合にシンクロした。

「こっち、こっち。ほらほら」
「おいおい、Tボーン。そんなに急がなくても」
それなりの傾斜がある丘の斜面を、フォンドヴォーの手を引きながらTボーンが駆け上がる。買い物の品が詰まった棺桶の重さがある分僅かに遅い足取りのフォンドヴォーの手をしっかりと握りながら、満面の笑みでTボーンが草を掻き分けて進む。
街中に買い物をして宿へ帰ろうとしていた時、Tボーンがフォンドヴォーに声をかけてきた。両思いの二人だが、騒がしい連中と一緒ではなかなか二人きりになる事もない。折角だからどこかで軽く食べていこうかとフォンドヴォーが言おうとするより早く、Tボーンが彼の手を取って走り出していた。どこへ行くとも告げられないままに連れてこられたのは町外れの丘。寒風が吹きすさび、獣道が僅かにあるばかりのここに人が来ることはそうないだろう。そんな所に一体、Tボーンは何の用事があると言うのか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……、着いたっ!」
頂上目前でぱっとフォンドヴォーの手を離し、駆け出したTボーンの姿が丘の上に消える。Tボーンを追って丘に上り、大きく深呼吸をして顔を上げたフォンドヴォーが目を見開いた。
「!」
開けた視界一面の白。だがそれは雪ではない。無数の小さな花がさやさやと、西から吹き上げる風にその身を揺らしていた。
「霞草……」
街の花屋に必ずと言っていいほどあるその花は、花束の主役になる事は稀で殆どの場合は主体となる花の引き立て役に使われる。しかしこれだけの数が揃えば霞草も堂々たる風格を放つ。白銀とも称せる草原の光景に、フォンドヴォーはしばし言葉を失ったまま見入っていた。
「へへ、すごいっぺ?これだけたくさんあると、霞草もすげーきれいだなぁ」
その白の中に身を隠していたTボーンが、フォンドヴォーの近くにぴょこりと顔を出した。
「よく見つけたな」
心底驚いたという風のフォンドヴォーに、Tボーンが得意げに鼻を擦った。霞草は他の花に比べて香りも強くない。Tボーンの嗅覚を以ってしても探すのは困難だっただろう。
「オラ頑張ったっぺよ。なんたって今日はプレゼントの日だからな!」
「プレゼント……?」
再び霞草の中へと入り、五メートルほどの所で振り向いたTボーンが腕を広げた。
「本当は、これで花束作ろうって思ったんだ。いろんな花入れて、でーっかい花束作って、フォンドヴォーにあげようって思ってっ、でも」
広げた腕を静かに下ろし、霞草の海原に目をやったTボーンがふっと微笑んだ。
「霞草、すげーきれいだから。摘んじゃうより、このままの方が花もずっと元気だし。フォンドヴォーにこのまま見せたいなあ、って思ったから、連れてきたんだ」
そう言って照れたように笑うTボーンの傍へ、霞草を傷つけないように気をつけながらフォンドヴォーが歩み寄る。自分のためにどれだけ一生懸命にTボーンがプレゼントを探したかなんて、この草原を見れば説明されなくてもすぐに分かった。
「バレンタインのプレゼント、か」
「そだ」
咲き誇る霞草には悪いけれど、やっぱり今日も彼らは引き立て役だとフォンドヴォーは思った。
「……ありがとう」
腕を伸ばして抱きしめた相手の愛らしさには、どんな花だって適いはしないと確信した。
「最高のプレゼントだ」
「へへ、へへへ。良かったぁ」
Tボーンの気持ち、思いやり、やさしいこころ、花のように真っ直ぐな彼の全てが愛しくて。
真っ白な草原の中、フォンドヴォーはありったけの力でTボーンを抱きしめ続けた。抱きしめられながら、Tボーンはじゃれる子犬のようにフォンドヴォーに身体を摺り寄せた。
そこだけを時間の流れから切り取るかのように、風に揺られる霞草が赤い髪の二人を穏やかに包み込んでいった。


END