イレーネ 5(フォンドヴォー×Tボーン)



あなたの百分の一でもいい、強くやさしくなれたなら。

「ははははは、今日こそ負けはしないぞ!お前達、かかれっ!!」
リーダー格の掛け声と共に、切り立った崖の上から幾人ものバンカー達が舞い降りる。
「フェットチーネの奴、あいつグランシェフ警備隊に捕まったんじゃなかったのかよっ!?」
「保釈されたか、隙を見て脱獄でもしたか…いずれにしても、しつこい奴だっ」
以前にも戦った相手の再登場にプリンプリンとリゾットが顔をしかめた。
雨でぬかるんだ山道を行くこと半日。次第に道幅は細くなり、馬車一つが進むのがやっとというくらいの道幅を確保しただけの崖を進む道程が続いていた。地面に足をとられ思うように歩けない一行に次第に疲労が見え始めた頃、突如崖の上から彼らを呼び止める者がいた。
地につくほどの大きな耳を備えた犬バンカー。その耳でもって浮力を生み出し、空を駆けて戦う彼の名はフェットチーネと言う。以前にやはり似たような崖でコロッケ一行を相手にし、結果フォンドヴォーとコロッケの二人に約三十人ほどの犬バンカー集団は一掃されグランシェフ国境警備隊に引き渡されたのだった。まあそいつらが保釈などされたとしてもおかしくはないのだけど、よもや再びこちらを狙ってくる事になろうとは。見た目以上に執念深い性格なのかもしれない。
「あの赤い髪とガキが最優先だ。やれっ!!」
崖の上から攻撃をしかけてくる犬バンカー達も、フェットチーネと同じように耳で空を飛ぶ事が出来る。以前やられた仕返しでもしようというのか、犬バンカー達はコロッケとフォンドヴォー目掛けて押し寄せてきた。
「へへへ、オレ負けないぜー?いっく…ぅぶわっ!?」
相手の数など気にしない様子で腕をぐるんぐるんと回し、拳を握り締めて駆け出そうとしたコロッケが泥水に突っ伏した。ぬかるんだ地盤のせいでダッシュがかけられないのだ。当然コロッケ達の移動力、回避力は普段よりも落ちる。
「あいつら!これを狙ってやがったのか!?」
大挙して押し寄せた犬バンカー達は全員耳を使って飛んでおり、地に足をつけていない。飛行しての移動力にものを言わせ、コロッケとフォンドヴォーとを取り囲むようにしてじわじわと二人の距離を引き離しつつある。以前見事なコンビネーションでフェットチーネ一味を倒した二人を一人ずつ叩く作戦のようだ。コロッケに近づいて一緒に戦おうとするややはり地面の雨水に足を滑らせ、その場にウスターが膝をつく。そんなウスターにも犬バンカーが三人向かってきたため、その応戦で手一杯になってしまう。
「学習だけはしてきたって事か…くそっ、こんなに近づかれちゃ赤き大閃光も使えない!」
かろうじて犬バンカー達の攻撃をかわしながらフォンドヴォーが呻く。狭い崖での混戦になっているため、以前は敵を一掃できた赤き大閃光も下手に放つと仲間に当たってしまう距離になっている。となれば敵を地道に一匹ずつ叩く他ないのだが、ハンバーグーを打つための力を溜めさせまいと犬バンカー達がかなりのスピードで迫ってくる。フォンドヴォーが防戦に回るのなど、随分珍しい事だった。
「フォンドヴォー!大丈夫だっぺかっ…」
「ソウルキャノン!!」
「ぐおーっ!?」
昨日の夜一睡も出来なかったためにここまで歩いてくるのも必死だったTボーンが、自分に向かってきた犬バンカーになんとかヌンチャクを食らわせて数匹を沈黙させた。敵の狙いがコロッケとフォンドヴォーなのは一目瞭然だ。フォンドヴォーに加勢しようと踏み出すのと同時に、リゾットの放ったソウルキャノンがフォンドヴォーにまとわりついていた犬バンカーを弾き飛ばす。
「何やってるんだ、あんたらしくもない!」
「すまない。奴ら、思った以上に連携がとれてきてる」
そう言ってフォンドヴォーの前に立ち塞がるリゾットの息も上がっていた。ぬかるんだ地盤での戦いが必要以上の体力を彼らから奪い取っている。
「フォンドヴォーさん、大丈夫でっすかっ!?」
「キャベツ、コロッケの援護に回ってくれ!こっちはリゾットと何とかする!」
「了解でっす!」
比較的ノーマークなキャベツがフォンドヴォーの指示でコロッケのサポートに向かった。ちなみにプリンプリンは泥水を跳ね上げながらあちこちを走り回り、必死で犬バンカー達から逃げ回っている。ある意味周囲の足を引っ張ってはいないが、誰かのサポートに入れる状態でもない。
「ソウルキャ…くっ!」
「リゾット!?」
フォンドヴォー目掛けて接近してくる犬バンカーの集団にソウルキャノンを放とうとしたリゾットが苦悶の声を上げて膝をついた。先程ソウルキャノンを打った際に水溜りに足をとられ、足首を捻ってしまっていたのだ。リゾットを立たせてやりたいが、拳で犬バンカーを振り払うのに必死でフォンドヴォーも思うように動けない。二人の表情に焦りが見え始めていた。
「フォンドヴォーっ…!」
必死に戦うリゾットとフォンドヴォーの姿を視界に捉えたTボーンの胸にぎりりと痛みが走る。本当は今すぐにでもフォンドヴォーの元へ駆けつけたいが、Tボーンにも今や多数の犬バンカーが群がってきておりその応戦で手一杯。
「おらおらぁ、ツメトギスラーッシュッ!!」
「ぎゃーっ!?」
ウスターが放った爪は過たず犬バンカーの瞼を切り裂く。ツメトギスラッシュを放った勢いでフォンドヴォーの元へ駆け寄り、ウスターがリゾットとフォンドヴォーを庇うように腕を構えた。
「ウスター!無茶だ!!」
「あんたは自分の足を心配してな。ちっとくらい美味しいトコくれたっていいだろっ」
そう言うウスターの表情にも余裕はない。攻撃の要であるコロッケ、リゾット、フォンドヴォーの自由を封じられての戦いがこんなにも苦しいものだとは。相手はただひたすらに数が多く、しかもこちらから致命傷を与えることがなかなか出来ないために時間が経つと再びバトルに加わる者が出てくる。勢いは次第にフェットチーネ側に傾きつつあった。
「ちっきしょ…!お前ら、どけぇっ!!リゾット!ウスター!!フォンドヴォーっ!!!」
骨ヌンチャクを全力で振りかざしTボーンが怒号を上げる。睡眠不足と行軍の疲労が重なったTボーンの攻撃はいつものような破壊力を持たず、やや格下の犬バンカー達をもしっかりと捉えきれていなかった。それなのに気ばかりが焦る。仲間のピンチに駆けつけられない自分への苛立ちが募る。いや、苛立つのはそれだけではなかった。
「王国…セイバーッ!!」
膝をついていたリゾットが両の手に光の刃を生み出し、それを地面に突き立てながら自分の身体を立たせた。王国セイバーで接近戦に出ようというのだろうが、それが負傷した足にどれだけの負担をかける事になるか。
「なんかもう、いっぱいいっぱいって感じ?」
「馬鹿言うな。こいつらだけでもどうにかするぞ、後は…フォンドヴォーに任せるしか、ない!」
荒い息で会話を交わしながら、ウスターとリゾットが薄く笑った。どうにかフォンドヴォーが動けるまでに敵の数を減らそうと、自ら囮になる覚悟で二人が犬バンカー達へとダッシュをかけた。
「うおらあああああああっ、ツメトギインフェルノ――――っ!!」
「食らえ!王国セイバ――――――っ!!」
「ウスター!リゾット―――!!」
自分を守って飛び出した二人の名をフォンドヴォーが叫ぶ。そんな三人の様子を疲労で霞んだ視界に捉えながら、Tボーンはフォンドヴォーまであと少しという距離に接近してきていた。
「…なんで、こんな、イライラ…イライラすんだっぺ…!!うおおおおっ!!」
胸の中で膨れ上がる焦燥と怒りを振り回す骨ヌンチャクに乗せる。犬バンカーの一匹がそれを顔面にくらって吹っ飛ばされた。
あの二人がフォンドヴォーを守っている。敵の狙いがコロッケとフォンドヴォーであるこの状況ではどうしてもそうせざるを得ないだろう。ごく当たり前の事、なのにどうして、それを見ている自分の胸がこんなにぎりぎりと痛むのか。仲間がこんなにも必死に頑張って戦っているのに、フォンドヴォーを守ろうとしているのに、それを許したくないだなんて。
フォンドヴォーを助けるのはオラだ、なんて考える自分がいるなんて。
「うおおおあああああっ!?」
混乱が叫びとなってほとばしる。ただ力任せなだけの攻撃は精彩を欠く。どうして。どうして。どうして。次第に頭痛をも伴ってきた頭の中が、昨日トランプを薙ぎ払った時のような困惑に染まっていく。
(フォンドヴォーを助けるんだ。ウスターやリゾットがいねえ分、オラが!オラがフォンドヴォーを!)
「フォンドヴォー!!」
「Tボーン!そっちも大丈夫かっ…うぉっ」
ついにフォンドヴォーの元へと辿り着き、彼と背中合わせになろうとした瞬間、二人の間を犬バンカーが駆け抜けた。そのまま犬バンカー達がフォンドヴォーを狙う。二人は再び引き離され、個々での戦いを強いられた。
「ちっくしょ!お前らどけぇっ!!フォンドヴォー!!フォンドヴォーっっ!!!」
こんなにも彼の名を呼んでいるのに近づけない。全身の疲労と怒りとが極限に近づく。フォンドヴォーの周りには何とか敵を引き剥がそうと時折リゾットやウスターが加わる。その事が余計にTボーンの精神を掻き乱した。
「オラが…、オラが行くんだぁっ!!ちくしょー!!うああああああっ!!!」
「Tボーン!もう少し頑張れ、今そっちに…」
「うああっ!!うがあああ―――っ!!」
Tボーンの窮状を見たリゾットが痛みに顔を歪めながら声をかけるが、それはTボーンの耳に届いていない。その様子を掠め見たフォンドヴォーがヌンチャクを振り回すTボーンの動きがいつもより随分と鈍い事に気づき、そして。
「Tボーン!そっちは崖だっ、引き返せ―――!!」
「え?何だっぺっ、フォン…」
ガラッ。
自分に向けられたフォンドヴォーの声にTボーンが一瞬気を確かにした。その時にはもう遅かった。
力任せにヌンチャクをかざしながら敵を相手にしていたTボーンは、自分の足場を確認していなかったのだ。犬バンカー達は無作為に攻撃を繰り返しているようで、実はコロッケ達を単体で戦いにくい場所へと追い詰めていた。疲労と睡眠不足で視界が利いていなかったTボーンは知らず知らずのうちに崖っぷちへと追いやられていたのだった。
雨でぬかるんだ土にTボーンの体重が加わり、薄かった地面がごそりともげ落ちる。
「うあ、あ、あああ―――――――――ッ!?」
「Tボ―――――――――ン!!!」
フォンドヴォーの叫びも空しく、投げ出されたTボーンの姿は虚空へと落ちていった。