イレーネ 3(フォンドヴォー×Tボーン)



裏切られてゆく。
自分の心に。

「ほい、上がりっと」
最後の一枚のトランプをテーブルに置いたフォンドヴォーの口元に笑みが浮かぶ。
「だー!十二連勝だとー!ありえねえっ!この愛の戦士プリンプリン様が連敗などおおおぉっ」
「お前、いいからどけって。次はオレの番だろが」
喚き散らすプリンプリンを椅子ごとテーブルから退け、別の椅子を引き寄せてフォンドヴォーの向かいにウスターが陣取った。
「リベンジか。受けて立つぜ」
カードをシャッフルしつつ答えるフォンドヴォーには若干の余裕。
「勝っても負けても何もないんじゃつまらねー。ひと勝負五カネーでどうだ?」
「お子様同席での賭け事禁止」
「ちぇ」
切られたカードが飛ばされて二人分に分けられる。それぞれの手持ちに目を通しながら、ウスターとフォンドヴォーが視線を交差させた。
窓の外には叩き付ける雨脚。次の街へ出発する予定は一日先延ばしになり、皆が退屈していた所に宿の親父がトランプを差し入れてくれた。
一行はテーブルに陣取りスピード勝負を始めた。連続する数字のカードを続けざまに場に出し、先に手持ちのカードを無くした方が勝ちというシンプルなルールのこのゲームはやがて回を重ねるうちにフォンドヴォーの独壇場となった。判断力とカードさばきの技量に長けた彼を負かそうと皆が挑むが連敗するばかり。キャベツ、コロッケは頭の回転の部分で追いつけず脱落。ウスターは判断力こそフォンドヴォーに負けないものの、手が大きく指が三本しかないハンデのため苦戦を強いられている。それでもまだ諦める気はないようで、再びフォンドヴォーに挑まんとしていた。
「レディ…ゴー!」
掛け声と共にテーブルの上にトランプが繰り出される。瞬時の判断で休む事なくカード繰り、場に出し続けるフォンドヴォー。ウスターは集中力が切れてきたのか采配が奮わない。ウスターの手に四枚のカードが残っている時点でフォンドヴォーが最後の一枚を場に出し、決着がついた。
「フィニッシュっと」
「うあー!くそー!この手さえなきゃ負けねーのによー!」
「やれやれ。そろそろオレの出番か」
皆の勝負を壁にもたれて見守っていたリゾットが踏み出した。ウスターがどいた椅子に座り、カードをよこせとフォンドヴォーに目くばせする。
「う、真打ちの登場か。こっちも本気でいくしかなさそうだな」
リゾットの強気な態度に自信を感じたか、言いながらフォンドヴォーが手袋を外す。これでいくらかカードを出すスピードも上がるだろう。遊びの中に漂い始めた緊迫感に、フォンドヴォーがひゅう、と息を吐いた。
「この、オレ達には本気じゃなかったのかよ!リゾット、手加減なんかいらねーぞ。全力でブチのめしてやれっ」
「そのつもりだ」
後ろで声を上げるウスターに、外した指貫の手袋をリゾットが渡す。用意されたカードの山に互いが目を通す。切れ者二人の勝負は果たしてどちらに軍配が上がるのだろうか。コロッケ、キャベツ、プリンプリン、そして後からやってきたTボーンもギャラリーに加わり、事の行方を見守る。
「レディ、ゴー!」
開始の掛け声と同時に、即座に四、五枚のカードが場に閃く。一体どんな動体視力でカードを見ているのか、と思えるくらいのスピードとカードさばきでフォンドヴォーとリゾットがカードを場に放る。
「早ぇッ!?」
あまりのスピードにウスターがそう叫び、それから十秒ほど経った後。
「エンド!」
「…うぁっ!」
僅か一枚を場に置き終わる宣言のタイミング差で、軍配はリゾットに上がった。リゾットにぴょんと飛びつき、コロッケが喜びの声を上げる。
「おー!!すっげー、フォンドヴォーに勝ったじゃん!!リゾット!!」
「ギリギリだったけどな。流石に本気を出してきただけはある」
約十五秒ほどの勝負に詰め込んだ精神力の反動が、大きな溜め息となってリゾットの口から漏れる。
「流石リゾットだ。口だけじゃなかったな」
「でも、互角の勝負でしたよ!フォンドヴォーさんもすごいでっす!」
目を瞬かせ、手で顔を揉み解すフォンドヴォーの肩をキャベツが舌でセコンドさながらに揉んで労わった。
「どうする。リターンマッチなら受けて立つぜ」
「…そう言われて引き下がったら男じゃないな」
リゾットの言葉にフォンドヴォーが大きく頷き、次なる手合わせが開始された。リゾットが分けたカードを手に、二人が新たな緊迫感を身にまとう。
「レディ、ゴー!」
再びの掛け声と同時に、ぱしぱしぱしと紙が重なって行く軽い音だけがテーブルに響く。バンカーバトルにも等しい緊迫感を場にいる全員が肌で感じながら、二十秒に満たない勝負の行方を固唾を呑んで見守る。
「エンド!」
「フィニッシュ!!」
カードが置かれ、終了宣言が二人の口から響いたのはほぼ同時。
「い、今の、どっちが勝ったんだよ?」
「僕には引き分けに見えたでっす」
「だな…、ちょっと判断つけられねえ」
プリンプリン、キャベツ、ウスターのジャッジにフォンドヴォーとリゾットが大きく溜め息を吐いた。
「同時か…」
「ふー…負けなかっただけよしとするけどなあ…強いな、リゾット」
「そっちこそ。下手したらバンカーバトルよりも気が抜けないよ、あんた相手だと」
「ははは。リゾットにそう言ってもらえるのはすごい褒め言葉だ」
ハイレベルな勝負の後にほころぶ互いの表情。遊びであろうと一切手を抜かないで望む姿勢が、フォンドヴォーとリゾットにある種の信頼を生み出していた。
「今度はオラがやる」
Tボーンの声に、リゾットがフォンドヴォーに声をかける。
「大丈夫か、フォンドヴォー?これだけ連戦してると流石に疲れるだろ。Tボーンの相手、何ならオレが」
「オラはフォンドヴォーとやりたいんだ。リゾット、そこどいてくんろ」
はっきりと言い放ったTボーンに、フォンドヴォーが頷いて応じた。
「大丈夫だ、まだいける。これが終わったらちょっと休憩もらうけど。よろしくな、Tボーン」
「負けないっぺよ」
リゾットがどいた席に腰掛け、Tボーンが手袋を外した手でカードを分けられたカードを手に取る。呼吸を整えながらフォンドヴォーもカードを手にし、勝負へと臨んだ。
「レディ…ゴー!」
フォンドヴォーが場に素早くカードを放る。だが流石に連戦の疲労があるのか、そのスピードはリゾット戦の時より僅かに遅い。しかし、Tボーンがカードを出すスピードはリゾットのそれに遠く及ばなかった。考えながらカードを選んでしまうからだろう、総合的なペースではウスターよりも遅いくらい。Tボーンの手に七枚のカードを残した時点で、フォンドヴォーがフィニッシュを決めた。
「もう一回だっぺ」
「ああ、いいぜ」
ちょっと差をつけすぎたかな、と思いつつTボーンのリターンマッチを受けるフォンドヴォー。だが、疲れているフォンドヴォーを相手にしてもTボーンのカードさばきは奮わなかった。頭を使う要素の入ったゲームはあまり彼に向かないのだろう。やはり数枚の差をつけてフォンドヴォーが勝利する。
「もう一回だっ」
だが、Tボーンは勝負をやめない。負けるたびにもう一回、もう一回と言い張り、その連戦数はもう八回目になっていた。
「おい、Tボーン。そろそろ皆に代われって。フォンドヴォーだってもう疲れてんだからよ」
「うるさい!フォンドヴォー、もう一回だっぺ!」
「…Tボーン」
無様な自分の負け方が気に入らないのか、Tボーンはウスターの声を制しまだフォンドヴォーに再戦を申し込む。妙に必死な様子のTボーンに、フォンドヴォーが少し困ったように首を傾げた。
「おいコラ、勝手もいい加減にしろよTボーン。お前ばっかり遊んでちゃずるいだろ」
「っるさいなぁ!オラまだフォンドヴォーに勝ってねえっ!!」
プリンプリンの言葉に、Tボーンの語気が一層荒くなる。
「勝てないのはお前の実力が足りないからだ。一回休んで、それからまた挑戦した方が」
「…るさい!ぅるさい!オラの邪魔するなぁっ!!」
リゾットの言葉に、Tボーンが大声を上げてがたんと席を立つ。苛立ちが頂点に達したか、テーブルに積まれていたトランプの山を手で薙ぎ払った。
「お前な!自分勝手もいい加減にしろ!!」
「うるせぇ!!リゾットにオラの気持ちなんて分かるか!!」
激情を露にするTボーンの胸元をリゾットが掴み上げる。一気に険悪になった場の雰囲気に、キャベツがおたおたと二人の足元で右往左往する。
「リ、リゾットさん!Tボーンさん!喧嘩はやめて下さいでっす!!」
「二人とも!止めないか!!」
「…っ!!」
フォンドヴォーが二人を制するのと同時に、Tボーンがぎっとフォンドヴォーを睨み付ける。力任せにリゾットの腕を振り払うと、ドアを蹴り飛ばさんばかりの勢いで部屋の外へと駆け出していってしまった。
「Tボーン!どこ行くんだよー!!」
コロッケの呼び止めも空しく、Tボーンの足音はすぐに聞こえなくなった。
「たかだか遊びに何あんな熱くなってんだ、Tボーンの奴」
「相手がフォンドヴォーじゃそうそう勝てないって。悔しかったのは分かるけどよ、キレちゃ駄目だよな」
散らばったトランプを拾いながらプリンプリンとウスターが言う。
「…どうして、こんな事に」
俯いて髪を掻きあげ、小さく零したリゾットの肩に手を置いてフォンドヴォーが言った。
「少し熱くなっただけさ。後で俺が探してくる。このままじゃ、ちょっと戻って来にくいだろうからな」
「すまない」
「いいって。そっちも気にするなよ。あと、Tボーンが謝ってきたら、許してやってくれ」
「分かった」
頷き、何事もなかったようにリゾットが部屋の片付けを始める。開いたままのドアを見ながら、フォンドヴォーは僅かに唇を引き結んだのだった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
全身を包む雨に身を投げ出すように走り続ける。ぶつけてしまった苛立ちは今だ冷める気配を見せず、強い衝動となってTボーンを走らせ続けている。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
道は霞んでよく見えない。勘だけを頼りに障害物を避けて走る。どこへ向かっているのかも分からない。身体がずっしりと濡れて冷えて行く。だが、足を止めることが出来ない。
どうして。どうしてこんな事に。
ぐちゃぐちゃになった頭の中身をいっそ投げ出してしまいたい。だから走る。けれど、喉元にこみ上げた苦しさが消えない。走っているためではない。まるで誰かに喉を押しつぶされそうになっているような、恐怖にも似た圧迫感。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ!!」
雨でぼやけた視界に突如飛び込んできた一本の大木。それに衝突しそうな勢いでしがみつくと、Tボーンはそのままずるずると身を屈めた。俯いた姿勢で乱れた息を整えようとする。ようやくの事で薄く目を開いて顔を上げる。見渡した景色に見覚えは全くなかった。
「ちくしょう…ちくしょうっ…!!」
吐き出し、何度も何度も木の幹を拳で殴る。力に訴えても消える事のない胸の衝動の名を、Tボーンは知る事が出来ない。
リゾットにオラの気持ちなんて分かるか、反射的にそんな言葉が口から出た。なら、その気持ちは一体何なのか。その正体を知ろうとした途端、頭の中がめちゃくちゃになった。身体は勝手にドアを蹴り開け、外へと走り出していた。
皆がフォンドヴォーと楽しく遊んでいた。真剣にカード勝負をしていた。フォンドヴォーは誰を相手にしても楽しそうだった。リゾットとはとてもいい勝負をしていた。
フォンドヴォーが、とても楽しそうにしていた。
それを許せないなどと一瞬でも思った自分の愚かさに、吐き気がした。
リゾットを怒らせてしまった。皆が楽しく遊んでいたのを台無しにしてしまった。こんな事がしたかったんじゃないのに。あの時すぐに誰かに勝負を代われば良かったのに、どうしてそんな当たり前の事が出来なかったのか。
ただ、いつものように、皆と楽しく遊びたかった、はずなのに。
「うあ…うああ、うああああああああ………ッ……ッ!!!」
喉からほとばしる嗚咽は雨に掻き消される。
正体不明の焦燥と孤独に苛まれるがままに、Tボーンはその身をぬかるんだ地面へと折り曲げ、泣き続けた。