イレーネ 1(フォンドヴォー×Tボーン)



煌めく光が重なり合う葉の隙間から顔へとこぼれ落ちる。おやつで満たされた胃の充足感はいつも以上に心地よい眠りへと彼を誘う。
「へへ、クッキー美味かったっぺなあ。腹がふくれたらまずはひと眠り、っと」
木陰に身を投げだし、腹をさすりながらTボーンが呟いた。彼以外のメンバーは街に来るというサーカスを見に出掛けた。本当はクッキーもサーカスを観るためのおやつにと作られたものだったが、それを先に食べてしまって眠気を催したTボーンは結果キャンプ場所を動かず、こうしていつもの昼寝というスケジュールでの行動になっている。
寝て待っていれば夕方には誰か帰ってくるだろう。何を案じる事もなく、Tボーンは数分と立たないうちに大きないびきをかき始めた。
「んがー。んごー」
きらきらと瞼を擦り抜ける光の明滅。Tボーンの顔に降り注いでいたそれを遮るように、彼の顔を覗き込む人影があった。
「姿がないと思ったらここにいたのか。サーカスより昼寝なんて、Tボーンらしいな」
愛用の棺桶を横に下ろし、フォンドヴォーが眠るTボーンの横に腰を降ろした。あぐらをかき、被っていた帽子をぽふりとTボーンの顔に乗せてやる。と、普段はこの程度の事では起きたりしないはずのTボーンが帽子を取り、薄く目を開いてフォンドヴォーに笑いかけた。
「あれ。もうサーカス終わったんだっぺか」
「他の皆は今見始めた所だ。俺は元々買い物だけして戻ってくるつもりだったからな」
棺桶の蓋をさすりながらフォンドヴォーが言う。このバンクの中に買ってきた様々な物が入っているのだろう。
「昼寝もいいけど、たまにはTボーンもサーカスくらい楽しんできたらどうだ。せっかくタロじいさんがチケットをくれたのに」
「ん~…」
寝ぼけた様子で上半身を起こしたTボーンはしごく当然といわんばかりに笑う。
「フォンドヴォーのくれたクッキー、すごい美味しかったっぺよ。オラそれ食べたら眠くなっちまって、だからここで寝てるんだ」
「あちゃ」
参ったなと言う風にフォンドヴォーが頬を掻いた。クッキーを持っていくのを提案したのも、そしてクッキーを作って子供達に持たせたのも彼。こんな所で逆効果になったか、と苦笑いを零す。
「ん~~」
そんなフォンドヴォーの気持ちはお構いなしに、Tボーンがもぞもぞと動く。フォンドヴォーの膝に頭を乗せると、気持ち良さそうに数度頬を擦り付けて瞼を閉じた。
「お、おい」
「ちょっと借りるっぺよ」
勝手に膝枕の姿勢に入られ、フォンドヴォーが僅かに困った声を上げる。だがTボーンがそれを気にする様子はまるでなく、少々大きなその枕でくうくうと寝息を立て始める。
「…寝にくくないか?」
「だいじょぶだっぺよぉ」
「こういうのは、俺じゃなくて可愛いお姉さんにでもしてもらった方が」
「ん~?どうしてだぁ?」
多分寝言ではない返答。相手が男であろうと女であろうと、Tボーンは人に接する態度を変えないタイプの人間だ―――か弱い女性が相手であれば、それを助けるくらいの常識はあるが。彼にとっての人付き合いの判断規準はそういった要素ではなく、ごく単純にその相手を好きか否か。そして彼の中での『好き』の規準も非常にシンプルで、仲間全員に同じ度合で割り当てられているのだった。女の子に膝枕される方が嬉しい、そんな感覚を彼が理解するのは当分先の事だろう。
「やれやれ」
だが膝を占拠され動けなくなった事に不満があるわけでもないらしく、フォンドヴォーはそのままの姿勢で眠るTボーンの頭を静かに撫でた。元来この男も物事の瑣末には必要以上にはこだわらない方で、状況が変わったら変わったなりにその場を楽しむ術に長けた大人だ。心地よい午後の空気を感じながら、時折Tボーンの頭を撫でてただ静かに彼が目覚めるのを待つ事にしたらしかった。
「まあ、たまにはいいか、こういうのも」
無防備な寝顔を晒すTボーンに目を細め、フォンドヴォーが呟く。重心を後ろの木にもたせかけ、そっと目を閉じると束の間の眠りに入った。結局、夕方サーカスにひとしきり興奮して戻ってきた一行に発見されるまで、二人はその姿勢のままずっと眠り続けていたのだった。

「へへへ、ふかふかの布団だっぺー」
風呂上がりの身体をぼすんとベッドに投げ出し、大の字になったTボーンが大きく息を吐き出した。
「おいおい、あんまり乱暴に扱うとベッドが壊れるぞ」
乾ききらない長い髪を拭きながらフォンドヴォーが隣のベッドで苦笑する。体格は大人に近いのに天然な性格と幼い精神年齢の持ち主であるTボーンを相手にすると、どうしても立場上フォンドヴォーは保護者的なスタンスに回る。彼が大人として対等に話が出来る相手と言えばウスターくらいかもしれない。あと、意外に精神年齢が老け気味のプリンプリンだとか。
「ふあ~。よく寝れそうだっぺよ~」
首をぐるぐると回し、Tボーンが布団に潜り込む。どこでもよく寝てるじゃないか、というツッコミは喉元で飲み込み、フォンドヴォーも自分の布団に身体を横たえた。おやすみ、と声をかけて二人部屋の枕元の照明を消す。そう時間も経たないうちにいつもキャンプで聞いているようなTボーンのいびきが聞こえる…かと思いきや、聞こえたのは彼が布団から抜け出す音。
そして次には、Tボーンの体重が掛け布団の上からフォンドヴォーの上にのしかかってきていた。
「うぉっ?」
「フォンドヴォー。そっち入れてくんろ」
フォンドヴォーの意思はお構いなしに、狭い一人用のベッドへと入り込む。そしてさも当たり前の事のようにフォンドヴォーの腕を引っ張り出して腕枕の姿勢にすると、そこに程よく身体を収めてTボーンが満足そうな息を吐いた。
「おいおい。自分の布団があるだろう」
「この間膝枕してもらったの、気持ちよかったっぺよ。だからフォンドヴォーに腕枕してもらったらきっと気持ちいいだろうなあって、今思いついたんだ」
「そ、そうか」
急にしがみついてこられた事に戸惑いを感じたフォンドヴォーだったが、Tボーンがこちらに向けてくる感情は純粋な好意。子供が親に甘えるような素直な感情を押し留める理由はフォンドヴォーにはない。ふう、と溜め息を吐くと、Tボーンが気持ち身を竦めたのが分かった。
「ごめん。迷惑だったっぺか。フォンドヴォー、オラがいると寝れないか?」
「いや、寝れない事はない。俺用の大きな抱き枕が出来たんだと思えば、儲けものかな」
「フォンドヴォーにぎゅーってされたら、オラ骨折れちまうっぺよ」
「嘘つけ。そんなにヤワでもないだろうに」
「どうだろうなあ?された事ねえからわかんね」
他愛無い会話にくっくっと笑いが漏れる。そっとTボーンの頭を撫でると、満足げな声でTボーンが言った。
「フォンドヴォーはやさしいなあ」
「優しい?そうか?」
「うん。みんなにやさしいっぺよ。母ちゃんみたいだ」
「お母さん、か」
確かに一行の食事を作っているのもフォンドヴォーだし、チームの保護者的立場をTボーンなりに要約すると『母』に行き着くらしい。だがあながち間違ってもいないその表現に、フォンドヴォーは胸の中で苦笑した。
「オラ、好きだなあ。フォンドヴォーのこと」
「…そうか。ありがとう」
「なあ、また部屋が一緒になったら、こうやって寝てもいいっぺか?」
「…みんなに内緒に出来るんなら、いいぜ」
「うん、分かったっぺよ。オラとフォンドヴォーだけの秘密だな。へへ」
嬉しそうな声は時間を経ずに穏やかな寝息に変わる。慕う相手が側にいる安心がいびきをどこかに追いやったのか、フォンドヴォーの腕の中のTボーンはいつになく穏やかな、満ち足りた寝顔をしていた。
「随分素直な抱き枕だな」
そんな風に口にしながらも、フォンドヴォーの口元は嬉しそうに笑っていた。