ハートにご用心(ヒゲ×ロン毛 An1の頃のおはなし)

<登場人物紹介>

来野(ライノ)
ヒゲ。30歳台。今は古本屋「質疑応答」の店主をしている。
理由あって表に名を出す事のない生活をしていたが、アンサー協会からのオファーを受け敦史やいつき達と一緒にクイズ番組『アンサー×アンサー』に回答者として出場するようになった(「チャンネルMを探せ」参照)。
クイズの得意ジャンルは経験と知識量から周囲とはレベル違いのオールラウンダー。
実際にクイズをやっていた経験から少しくらいのミスでは動じない、対戦相手に回すと非常に厄介なタイプ。
普段の性格は大雑把でとっつきにくい雰囲気だが、仲間と認めた相手にはさりげなく手を焼く一面も。

妹尾いつき
ロンゲ。案砂大二年生、語学・文学部所属。
少し自信家的な発言も見られるが優しい性格。女子にモテるものの、「いい人なんだけどね」で終わってしまう事多し。
子供の頃からの本好き。クイズの得意ジャンルは語学・文学、趣味・雑学、グルメ・生活(知識的な部分で)。


慣れた手つきでギターの弦を弾き、彼が今日もこの言葉を口にする。
「愛してるぞ、おめーら!」
決まり文句となった勝利宣言にスタジオのオーディエンスがわあっと声を上げ、響いたギターの音色も歓声にかき消された。
チャンネルMの看板プログラム、クイズ番組『アンサー×アンサー』において今最も勢いのある回答者のひとり、ライノ。かつてバブル期のクイズ番組で培った早押しの勘と豊富な知識は衰える事なくこの番組でも発揮され、番組の進行を盛り上げるのに一役かっていた。破竹の勢いは止まらず、次の試合に勝てば十五連勝アンサーの称号が彼のものになる。
そんなライノの様子を見つめながら、スタジオからそっと立ち去る人影ひとつ。その存在に、ライノはこの時気づかずにいた。


「ふー、快調快調。最近のお笑いとも相性は悪くねえみたいだな」
白熱の試合で汗ばんだシャツをつまんでぱたぱたと動かしながら、ライノが大股で廊下を行く。ここ数ヶ月はお笑いや芸能を重視した戦法を展開しているため、現在の衣装はエンターテイナー。アンサー協会員が丹精込めて作ったレザーの衣装と、決めポーズのためにと渡されたギターがトレードマークだ。
ギターを渡されるなりそれを難なく爪弾いたライノの芸達者ぶりに、ギターが趣味のモヒカン頭、和久田智則が感嘆の溜め息を零したほど。親の影響でフォークソングを聞いて育ちアコースティックギターにかぶれていた時期があったからだが、その頃自然と身についた知識と経験がここにきて発揮されようとは。もちろん過去の知識のみでは若い回答者達に適わないので、テレビやインターネットで最新のエンターテイメントに触れる事も忘れてはいない。
「お見事、と言うべきよね。次の試合で勝てば十五連勝なんですって?」
ライノがポケットから携帯を取り出すと同時に背後からかけられた声。振り向くと、白いスーツの女性が微笑みを浮かべていた。
「何だ、かりんじゃねえか。お前も今日撮りなのか?」
「違うわ、今日は柚ちゃんの応援。だからあんまりこっちにいるとまずいんだけどね、丁度そっちが勝つとこが見えたから」
セミロングの髪をふわりと掻き上げ、笠縫かりんがライノに一歩近づく。案砂大クイズ研の現役メンバーにしてライノ達と同様に『アンサー×アンサー』の出場者でもある彼女だが、今日は回答者としてではなくクイズ研の後輩、ポニーテール娘の水谷柚希の応援にきていたようだ。かりんは後ろ手に持っていたビニール袋をライノに押し付け、言った。
「はい、これ。こないだ女の子チームで北海道に行ってきたから、お土産。夕張メロンゼリーとかバターサンドとか、好きそうなの選んでおいたわ」
「お、おー! 分かってるじゃねえか、あんがとよ!」
差し入れられた甘味を目の前にして、ライノが心底嬉しそうな表情を浮かべる。人の三倍甘味を食べてもまだ別腹と言い張るこの男にとって、甘味揃いの土産は何よりありがたい差し入れだった。
「全部食べちゃだめよ、いつき君の分も入ってるんだから。ちょうどいいわ、それ、いつき君に渡しておいてくれない?」
「は? いつき? どうしてだ、お前らから渡せばいいじゃねえか」
「こっちで渡したいのはやまやまなんだけど、私も柚ちゃんも明日から大学で実験が入っちゃって部室に行けそうにないの。今日、確かいつき君もここに収録に来てるわよね。私は今日収録がないからバックヤードをうろつくわけにはいかないし。ね、ちゃちゃっと渡しておいて……あ、やばっ。それじゃよろしくねっ!」
「お、おい!」
通路の向こう側からアンサー協会員がやってくる気配に気づき、土産の袋を押し付けてかりんは足早に去っていった。
「ライノさん! あと三十分後に次の試合の収録です、Bスタにお願いします」
「おー、分かった」
通りすがりの協会員がライノに向かうべきスタジオを伝え、機材を抱えて忙しそうに走ってゆく。
「土産をいつきに……? そりゃ、渡せなくもねえけどよ」
呟きながら、ライノが再び携帯を手にする。画面には、今日収録予定のマッチングが記されていた。

第二試合、ライノVS妹尾いつき。

「次に戦う相手に、土産なんか渡しにいくのはなあ……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、ライノはそのまま携帯でネットに接続し情報を呼び出す。『アンサー×アンサー』のシステムに組み込まれている『AnAn.NET』を使用する事により出場者達はチームを組む事が出来、そこでの成績が計算されて番組内での順位に反映される。ライノをリーダーとしたチーム『質疑応答』には彼を筆頭に敦史やいつき、テレン、和久田らが参加しており、チーム員同士戦績を閲覧する事なども可能となっていた。
「……? どうした?」
チーム員として軽く対戦履歴を攫うくらいならば反則にはなるまい。そう思っていつきの成績に目を通したライノの口から、思わずそんな言葉が漏れた。
二位、三位、三位、四位、二位、四位、三位。
一位を獲ったのは随分前で、いつきの最近の対戦成績はかなりの負けが込んでいた。
「らしくねえな。何かあったのか」
彼が得意としているはずの語学・文学の正解率も六十パーセントを切っているなど、およそいつきらしくない落ち込みぶりがデータから伺えた。次のいつきとの対戦で勝利すれば十五連勝アンサーとなるライノにとってこれほど優位に戦えそうな戦況もないのだが、相手がチーム員、ましてチームの中でも有望株のいつきがこの有様とあれば、心配の方が先に立つというもの。
「……ついでだよな、ついで」
目的はあくまで土産を渡す事。そのついでに、声のひとつもかけてくればいい。
いつきの顔を見に行く理由をくれたかりんに感謝しつつ、土産の袋を手に、ライノはBスタジオとは逆の方向にある控え室へと向かった。