くればいいのに(ver.SHU-S.)

(お友達のハチヤさんと好きな曲をイメージにAnのSSを書いてみよう! とやった企画でした)

<登場人物紹介>
妹尾いつき
ロンゲ。案砂大語学・文学部卒業から二年、現在は憧れていた職に就き多忙な日々。

長嶋敦史
デフォ。案砂大経営情報学部卒業から二年、現在はSEとして奮闘する日々。


そっと扉を開け、人気のない室内に足を踏み入れ机に鞄を置く。部屋に明かりを点してエアコンのリモコンを探し当て、電源を入れて少し部屋が暖まったところでコートを脱いだ。
「ああ……やっと終わった」
組んだ手を突き出し、んん、と身体を伸ばして大きく息を吸い込む。手がけていた原稿にようやくOKが出た事で仕事は一区切りした。肩の荷が下りたんだ、今日くらいは家でメールチェックのためにパソコンを触るのはやめよう、と思ったのだけど。
「あ、しまった。『JOURNEY』のコラムやってなかったな……いいか、明日中に何とかしよう」
駆け出しライターは明日も昼過ぎから出勤。せめてそれまではプライベートな時間を満喫して身体を休めたって罰は当たらない。脱いだコートを椅子にかけると、僕こと妹尾いつきはベッドに身体を沈めた。
ズボンのポケットから携帯を取り出し画面を見つめる。画面に変化はなく、電話やメールを受信した形跡は見られない。
「……音信不通、か」
ぱたり、と携帯を閉じて息を吐く。そっと胸元に手繰り寄せた携帯が伝えてくるのは機械の冷たさ。けれど僕はこの文明の利器なしには生きていけない。依存という言葉がぴったりなほど、仕事の合間に携帯を取り出しては、その人からの連絡がないかと確かめる日々を繰り返している。
再び携帯を開いて電話の着信履歴を辿る。付き合いのある編集者、業界関連の名前に並んで、探していた名が記された履歴を見つける。彼からの着信は五日前、これから最終デバッグに入るという少し疲れた声を聞いたのが最後だった。
「忙しいんだよね。あっつーも」
夜の十一時。仕事を終えていれば彼、長嶋敦史も家にいるはずの時間。ただしそれは早番の時ならの話だ。コンピュータのデータ管理の仕事は二十四時間の対応を迫られるものも多い。彼の業種がまさにそうで、不規則なシフトに身を削られ眠そうな声を電話越しに聞かせる事も少なくない。その点については記事編集をしている僕も似たようなもので、辛さは分かる。
無理はして欲しくないから、メールも電話もするのはやめよう。携帯に充電のコンセントを繋いで机に置き、風呂を入れようと思い立ちバスルームへ向かった。
男の一人暮らしには十分な大きさのバスルーム。しかもユニットバスではない、トイレとは別の作り。風呂に入るのが好きな僕がこの物件を選んだ決め手の一つでもあるこの空間は、仕事の疲れを癒してくれる貴重な場所でもある。
お湯が張るまでに何か食べられるだろうか。そう思って冷蔵庫や戸棚をがさがさやっているうち、温めてすぐ使えるパスタのソースとパスタの麺を見つける。保存が効くこの食材の組み合わせは、学生時代から僕の下宿には必ずと言っていいくらい常備されていたもの。
不意に、学生時代の記憶が蘇る。大盛りの皿を目の前にして、彼が嬉しそうに笑っていた日常が。
『んー、やっぱパスタはアルデンテだよなぁ』
『この位の麺の茹で方、誰だって出来るって』
『そりゃそうだけどさ、なんつーかこう、人様が作ってくれたのが美味いっつーかさ』
口の回りにミートソースをつけたまま、彼は休まず手を動かしてパスタを口に運んでいる。
『何、その究極の物ぐさ論。だったらパスタ食べたいなら駅前のあそこ、デリーパスタにでも行けばいいじゃない』
『だぁら、そういうのとも違うんだって。オレはさ』
ずっとパスタを巻き取り続けていた手を止め、彼が言った。
『いっちゃんと、いっちゃんが作ってくれたパスタ食うから、チョー幸せなんだって』
多分、そう言われた時の僕は今までにないくらいの間抜け顔をしてたと思う。あっつーが言った事の意味が俄かには理解出来ず、それが告白だという事を察するや否や顔から火が出そうなくらいに恥ずかしくなって、何馬鹿な事言ってるのと言いながら思い切り横を向いた。
『……やべ。オレら両想い?』
そんな風に言って、へへっと嬉しそうに笑いながらまたパスタを口に運んだあっつーの頭に、僕は照れのこもった手刀チョップをお見舞いしたのだった。
僕らの関係はそうして始まった。四年前の事だ。
けれど、今ここに彼はいない。
ひとりぼっちの現実に引き戻されて、僕は食材を床に取り落とし、深くうなだれた。