Appetite(Hot And Sour Club Mix)(ロン毛×デフォ)

<登場人物紹介>

長嶋敦史
デフォ。案砂大二年生、経営情報学部所属。
苗字はミスタージャイアンツと同じだが(父親が大のGファン)、本人はどちらかといえばサッカーの方が好きらしい。
人なつこい性格のため友人は多い。クイズの得意ジャンルはスポーツ、自然科学(の科学)、漫画・アニメ・ゲーム。
いつきの幼馴染で仲良しだが最近いつきが彼を柴犬並み認定している事に本人は気づいていない。カフェオレ派。

妹尾いつき
ロンゲ。案砂大二年生、語学・文学部所属。
少し自信家的な発言も見られるが優しい性格。女子にモテるものの、「いい人なんだけどね」で終わってしまう事多し。
子供の頃からの本好き。クイズの得意ジャンルは語学・文学、趣味・雑学、グルメ・生活(知識的な部分で)。
敦史の幼馴染。小さい頃から敦史と一緒にいた安心感を自分が抱いている事に本能的に気づいている様子。紅茶派。


-Side A-


「ッだぁーっ!1ゲージ削り負けかよ~~~っ!?」
画面の『YOU LOSE』の文字が信じられず髪をぐしゃぐしゃと掻き上げる。直後の疲労感と共に、オレは筐体に突っ伏した。
大学帰りにふらっと寄った駅前のゲーセン『レガリア』に、何故かオレが昔やっていた格ゲーが入荷していた。懐かしくなって六年ぶりくらいにプレイしてみたらどんどん挑戦者が現れて、結局台の前から動けなくなってしまってた。
「……あー、でも十三連勝か。結構頑張ったな」
筐体の上に光るデジタル表示の勝ち抜き数を見て席を立つ。俺の後ろで観戦していたプレイヤーがすぐに椅子に座りまた対戦が始まった。これからもこのゲームが盛り上がっていきそうなのは嬉しいし、またプレイしに来ようと思いながらゲーセンの自動ドアをくぐった。
「八時四十五分か」
今日は私鉄で帰ろうかと思って、携帯の画面で時間を確認。それと同時にある事を思いついて、その場でメールを書いて送信した。
『今どこ?』
まだ少し肌寒い空気に包まれた駅前の通りを歩くうち、返信が来る。
『大学の図書館。もうすぐ閉まるから帰るとこ』
「っしゃ」
そのメールに『そっち行く!』とすぐ返して、オレは大学に向かう坂を見上げた。
「十五分で行ってやる」
メールの相手が今から図書館を出たとしても、坂のあたりまでいけば会える。携帯を鞄にしまって、オレは全力で大学に向けてダッシュし始めた。


駆け上るにはそれなりに傾斜のある坂を全力で駆け上がる。途中の道にあいつの姿は見当たらない。
「あと、もう、ちょいっ」
途中の自販機で飲み物でも買おうかと思ったけど、その時間も惜しいので立ち止まらずに上を目指す。ようやく坂を駆け上がって大学の入り口に向かうと、そこの街灯の下にいっちゃんが立ってるのが見えた。
「おー、いたいた!」
息が荒いまま近づいていくと、いっちゃんがオレに向けて小さなペットボトルを投げてよこした。お、カフェオレじゃん。分かってんなあ。
「早かったね」
「お、サンキュ……っかぁ、うめー!」
もらったカフェオレを半分ほど一気に飲み干す。甘い味が坂を駆け上ってきた身体に染み込む気がした。いっちゃんも紅茶を飲みながらオレを待ってたみたいで、オレがペットボトルの蓋を閉めると声をかけてきた。
「どこにいたの?十五分でここまで来れるって」
「あー、『レガリア』。久しぶりにキンターズ98やってたら対戦が続けてきてやめらんなくなってさぁ。十三連勝だぜ、結構すごくね?」
「ちょ、キンターズとかすごい懐かしいね!『レガリア』に入ってたんだ?」
子供の頃からの幼馴染、妹尾いつき。昔からオレはこいつをいっちゃん、向こうはオレをあっつーと呼んでいる。大学まで一緒になったのとか、話の流れでクイズ研究会に一緒に入ったのは偶然だと思うけど、それでも色々な話が一番出来る相手はいっちゃんだと思う。中学の頃遊んでいた格ゲーの話題に食いついてこれるのも、多分いっちゃんだけだ。
「リバイバルブームってやつ?何かの台をどけて入れたっぽかったぜ。それなりにプレイヤーもギャラリーもいたからしばらくは置いてると思う。また遊ぶかな」
「98かー、中学の時にあっつーよくやってたよね、駅前のヨーカドーで」
「三ヶ月くらいしか入ってなかったけどな、台。あの頃稼動してたのって2001とか2002だったからすぐなくなったんだっけ。でもやっぱやり慣れたシリーズが一番楽しいよな」
「また同じキャラ使ってる?ジョーとマリーと、あと……」
「シェルミーな。たまにキムとか庵も使うけど」
「本当脈絡ないよね、そのチーム」
オレの話に笑いながらいっちゃんが歩き出す。オレもいっちゃんの横に並んで歩き始めた。もう少し格ゲーの話をしようかと思ったけど、何故かそこで会話が途切れたのでオレは話題を失った。何も言わないまま、ただ二人で坂道を下る。
一瞬、いっちゃんがオレを見たような気がした。
「……ん?」
視線が合う。いっちゃんがオレの方を見て、言った。
「ありがとう、あっつー」
「何が」
オレの言葉に、ふっ、といっちゃんの笑顔が強くなる。
「会いにきてくれて」
嬉しそうに言う。本当に嬉しそうな顔をする。
いつも見てきたはずの相手なのに、こういう事を言う時のいっちゃんの表情にオレはマジで弱い。
「……別に」
いっちゃんがそう言ってくれるのはすげー嬉しいし、そういういっちゃんを見たくてここまでダッシュで来たのも自分で分かってる。でも、それに上手く返せる言葉がない。妙にどきどきしてしまって、オレはまたカフェオレを飲んで黙るしか出来なかった。
帰り道に誰もいなくて良かった、と思いながら黙って歩き続けているオレの手を、急にいっちゃんが掴んだ。ショルダーバッグを持っていた手を外され、少し重心が崩れる。
「お、おい、いっちゃん」
「コンビニの所までね」
それまで、いい?みたいな顔をされて、またどうしていいのか分からなくなった。
「…………」
大した事も言えなくて、オレは押し黙る。こういう時、マジで自分の語学力とか、語彙のなさとか、そういうのが情けなくなる。
でも本当は、それ以上に情けないのは、思ってる事をはっきり言えないオレ自身の勇気のなさ……っていうか。
オレといっちゃんは幼馴染だ。でも今はそれだけじゃなくて、男同士だけど恋人って言うか……恋人って言えるとこまで来てんのかな。とにかく、オレらはお互いに好きだっていう気持ちを持ってる。持ってる、と思う。実際オレは……いっちゃんの事、好きだ。だからゲーセン出た時に時間見て、いっちゃんまだ大学にいないかなって思ったし。顔が見たいって思ったから大学までダッシュかけたし。だから、いっちゃんがオレを待っててくれたのも……そうだと思いたい。今こうやって手ぇ繋いでくれてんのも、オレの事好きだから……だよな。普通の友達じゃ、男同士でこんな事はしない。したくたって出来ない。
大学でのオレらは普通の友達、を演じている。クイ研のメンバーやゆず先輩達と話とかするのと同じ風にしてる。本当はもっといっちゃんと一緒にいたい。でも大学じゃそれが出来ない。明日また大学で会えるけど、友達、幼馴染としてしか会えない。だから今夜は、いっちゃんの顔が見たくて……仕方なかった。
子供の頃はいっちゃんと手を繋いで遊びに行ったりもした。まさか大きくなってから、こんな風に手を繋ぐなんて考えもしなかった。それでも今こうして繋がれている手が温かくて、なんかくすぐったいけどすごく嬉しくて、思わず手を握る力が強くなった。
ちらっといっちゃんが道の後ろを見た。誰もいないのを確かめてから、オレの手をぎゅっと握り返してくれた。
ヤバい。喉が苦しい。いっちゃんの顔が見れない。嬉しすぎて。
二人して何も言わずに歩くうちに、それぞれの下宿への分かれ道になるコンビニのある交差点が近くなった。人の気配がある場所に来る事で少し安心するのと同時に、この手を離したくない気持ちもあって、オレはなんとなくいっちゃんに話しかける。
「何か買ってくのか?」
「夜食とルーズリーフくらいかな。あっつーは?」
「オレは……家にカップ麺あるからいい」
「たまには自炊もしなよ?」
「食いたくなったらファミレス行くからいいって」
「バイト代の無駄遣い~」
「っせ」
ごく普通の会話の後で、オレはそっと手の力を抜いた。同じようにいっちゃんの手からも力が抜けて、音も立てずにオレらの手が離れる。人の目の中ではずっと繋いでいられない手。また繋ぎたいなんて思ってるって、いっちゃんが知ったら何て言うんだろうな。
「行くわ」
出来るだけ普通にそう言って、軽く手を振って下宿の方へ向かおうとした瞬間。
そのオレの手をいっちゃんが急に掴んで、オレはいっちゃんに引っ張られて。
「!!?」
いきなり、いっちゃんがオレにキスしていた。
いっちゃんの唇がすごく柔らかくて温かいと思った時には、いっちゃんはもう顔を離してオレの前で笑っていた。
「好きだよ、あっつー」
すげえ優しい顔で、当たり前って感じで言われて。
「……分かってるってっ」
そんな風に返事してから、オレは心の中でメチャクチャ後悔した。
どうして「オレも」の一言が言えないんだ。馬鹿。
いつも好きだって言うのはいっちゃんの方で、先に言われちゃうからオレは好きだってちゃんと言えた例がない。今度こそはって思ってるのに、また今日もこれだ。
オレのそんな混乱と葛藤は知るはずもないいっちゃんはにこっと笑って、じゃ、と手を上げた。
「また明日ね」
「ん」
オレも手を振って自分の下宿へ向かって歩き出す。一瞬振り返ろうかと思ったけど、止めた。多分いっちゃんがオレの方を見てる気がしたから。遠くになったいっちゃんの姿を見たら、帰る足が鈍りそうだった。
「……ほんともー」
どうして、こんなんなってんだろ、オレ。
手を繋いでた時も、キスされた時も、ずっと心臓がドキドキしてたの気づかれてねえかな。
「たまんねー……!」
いっちゃんがオレを見ててくれてるのが、嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
キスしてくれたとかもう、顔がニヤけてマジで止まらない。
馬鹿みたいにへらへらした顔を撫で回す。目を閉じると、最後に笑ってたいっちゃんの後ろで公園の桜が揺れていたのが瞼に映った。
「桜見に行くか、今度」
クイ研メンバーには内緒で、二人で。
いっちゃんがくれたカフェオレを飲み干し、触れた唇の感触を思い出す。まだ収まらない心臓の鼓動を掻き消すように、オレは急ぎ足で下宿への道を帰った。


END