appetite(ロン毛×デフォ)

<登場人物紹介>

妹尾いつき
ロンゲ。案砂大二年生、語学・文学部所属。
少し自信家的な発言も見られるが優しい性格。女子にモテるものの、「いい人なんだけどね」で終わってしまう事多し。
子供の頃からの本好き。クイズの得意ジャンルは語学・文学、趣味・雑学、グルメ・生活(知識的な部分で)。
敦史の幼馴染。違う学科ながらに一緒に遊ぶ事がある……という所から、関係が少しばかり進展している様子。

長嶋敦史
デフォ。案砂大二年生、経営情報学部所属。
苗字はミスタージャイアンツと同じだが(父親が大のGファン)、本人はどちらかといえばサッカーの方が好きらしい。
人なつこい性格のため友人は多い。クイズの得意ジャンルはスポーツ、自然科学(の科学)、漫画・アニメ・ゲーム。
いつきの幼馴染で今も仲良くしている……が、それだけではない、らしい。


-Side I-


館内に静かに流れ始めた蛍の光。本に栞を挟んで携帯で時間を確かめると八時四十六分の表示。もうこんな時間だったのか、と思いながら見つめた携帯の画面にメールが受信された。
『今どこ?』
「……どこ、って」
何を聞きたいのか分かりかねるその短いメールにとりあえず返事をする。
『大学の図書館。もうすぐ閉まるから帰るとこ』
荷物をまとめて席を立ち、レポートに必要な部分をコピーしてしまった本を本棚に戻す。本の貸し出し口に向かおうとしたところで、ジーパンのポケットに押し込んだ携帯がメールの受信を振動で教えた。
『そっち行く!』
「行くって……今から来るの?」
本当に用件だけのメールを見つめ、呆れたような声を出している事に僕は気づく。自分がどこにいるとか、どのくらいかかるからどこそこで待っていろなんて記述はひとつもない。それでも来るというからには、彼はどこか近くにいるのだろう。
「しょうがないなあ、あっつーは」
下宿へ帰る足取りを少しスローにしよう。借りた本を鞄に入れ、そのついでに財布を取り出しながら、僕は人気のない大学で自動販売機を探し始めた。


「おー、いたいた!」
先のメール受信から十五分も経たないうちに、大学入り口の街灯に照らされている僕を見つけて彼がこちらへ走ってくる。大学への坂道を息せき切らして走ってきたその様子を見て、犬みたいだ、と僕は思った。あっつーなら柴犬あたりかな。
「早かったね」
「お、サンキュ……っかぁ、うめー!」
そう言いながら渡されたペットボトルの蓋を開け、長嶋敦史ことあっつーがカフェオレを一気にあおった。今日の昼間に部室で見たのと同じ格好と荷物のようだけど、坂を上ってきたという事は授業が終わってから大学を出て、どこかに行っていたのだろう。
「どこにいたの?十五分でここまで来れるって」
紅茶を飲みながら尋ねた僕に、あっつーは機嫌良さそうに笑ってみせた。
「あー、『レガリア』。久しぶりにキンターズ98やってたら対戦が続けてきてやめらんなくなってさぁ。十三連勝だぜ、結構すごくね?」
「ちょ、キンターズとかすごい懐かしいね!『レガリア』に入ってたんだ?」
「リバイバルブームってやつ?何かの台をどけて入れたっぽかったぜ。それなりにプレイヤーもギャラリーもいたからしばらくは置いてると思う。また遊ぶかな」
駅前のゲームセンターからここまでなら十五分は納得出来る。格闘ゲームの対戦を切り上げて帰る時になって、僕がどこにいるのかちょっと気になったらしかった。
「98かー、中学の時にあっつーよくやってたよね、駅前のヨーカドーで」
「三ヶ月くらいしか入ってなかったけどな、台。あの頃稼動してたのって2001とか2002だったからすぐなくなったんだっけ。でもやっぱやり慣れたシリーズが一番楽しいよな」
「また同じキャラ使ってる?ジョーとマリーと、あと……」
「シェルミーな。たまにキムとか庵も使うけど」
「本当脈絡ないよね、そのチーム」
手元のドリンクを口にしつつ、どちらからともなく坂を下りながら思い出話を始める。あっつー、いっちゃんと呼び合う幼馴染の僕らは揃ってこの案砂大学に合格し、そして同じクイズ研究会に入って毎日顔を合わせるようになった。けれど、僕らがこうして一緒にいるのはそれだけじゃない。
「……ん?」
不意に訪れた沈黙に、あっつーが僕の方を見た。
「ありがとう、あっつー」
「何が」
「会いにきてくれて」
「……別に」
僕の言葉に気持ち視線を泳がせながら、あっつーは再びカフェオレをこくりと飲み込んで口を閉ざした。
ぼんやりとした街灯だけがぽつりぽつりと存在する暗い坂道に、僕らの足音が静かに響く。無造作にショルダーバッグの肩紐を持っていたあっつーの手を、僕は何も言わずに掴んで引き寄せた。
「お、おい、いっちゃん」
「コンビニの所までね」
「…………」
僕の手を振りほどくような事はせず、それでもやっぱり視線は逸らしながら、再びあっつーが沈黙する。ほんの少しだけ、握られた彼の手に力がこもったのが僕には分かった。
男同士、でも想い合う仲の僕ら。けれどその事を知る人は誰もいない。クイ研で毎日顔を合わせていても、友達としてか幼馴染として振る舞う事しか許されない。本当はもっと二人でいられたらと思う。多分あっつーもそれは同じで、だから帰る前にほんの少し僕の顔を見るためにゲーセンから坂を上ってきてくれたんだろう。そのあっつーの気持ちが、すごく嬉しかった。こうやって手を繋げる時間が出来た事に、少しだけ甘えさせてもらった。
この道に大学帰りの学生がいない事を振り向いて確かめ、もう少しだけあっつーの手を強く握る。彼は真っ直ぐに前を見て歩き続けるだけ。ずっと続けばいいのにと思う時間は、二十四時間明るく照らされた光で人々を受け入れるコンビニが近づく事で終わりを迎える。
「何か買ってくのか?」
「夜食とルーズリーフくらいかな。あっつーは?」
「オレは……家にカップ麺あるからいい」
「たまには自炊もしなよ?」
「食いたくなったらファミレス行くからいいって」
「バイト代の無駄遣い~」
「っせ」
ちょうどこのコンビニから、僕達は下宿に向かって真逆の方向に歩いていく。あっつーの下宿はここから私鉄で二駅くらいの距離にあるけど、本人は身体を動かすのが好きな性分なので大学へは徒歩で来る事が多い。今日もこのまま歩いて帰るようだ。
「行くわ」
そろそろ、コンビニの明かりで僕らが手を繋いでいるのが他の人の目にも分かる。静かに手を離して下宿へ向かおうとしたあっつーの指を、勢いに任せて引っ張り彼を引き寄せた。
「!!?」
触れ合った唇から微かに伝わるカフェオレの味。突然の事に目を見開いたままのあっつーの様子は、本人には悪いけれどとても可愛いと僕は思った。
「好きだよ、あっつー」
「……分かってるってっ」
怒ったような表情と口調も、多分照れくさいからなんだろう。僕がこんな風に言ったりしかけたりする事が多いから、いつもあっつーを困らせてしまっている気もする。
でもね、やっぱり、言える時に好きって言いたいし、触れられるだけ僕はあっつーが欲しい。あっつーが好きだから。
「また明日ね」
「ん」
小さく手を上げると、今までよりも大きな歩幅であっつーは下宿に向かって歩いていく。その背中がコンビニの光でも見えなくなってしまうまで、僕は彼を見送っていた。
「あ」
コンビニに向かおうとしてふと思いついた事に足を止め、苦笑する。
「泊まってっちゃえばって、言えば良かったかな」
せっかくコンビニがあるんだから必要なものは調達できるし。ああ、でも明日の授業の教科書とかはあっつーの下宿にあるのか。今度授業の具合でも聞いてみて、いけそうな日があったらその時は誘ってみても……いいか。
「また明日、だね」
明日になればまた会える。大好きな人の顔が見れる。それだけで、明日を待つ意味はずっと大きなものになる。明日の先を楽しみにする理由も、今見つけたところだしね。
通り過ぎた公園の夜桜が風に揺れ、その風が同じように僕の髪を揺らす。コンビニに足を向けながら舌で湿らせた唇にはまだカフェオレの甘みが残っていて、僕はあっつーにあげたのと同じカフェオレを買って下宿へ戻ったのだった。


END