soar(同人誌「Twincle Snow Powdery Snow」収録 糸目&ロン毛)

<登場人物紹介>

飛立錬
糸目。案砂大2年生、食物栄養学部所属。
元々料理が好きで食物栄養学部に入ったが、実験で使われるマウスが可哀想で注射器を片手に涙目な日々。
穏やかな性格で誰からも好かれている。「テレンティウス」の名前に興味を持ってから歴史好きに。
クイズの得意ジャンルはグルメ・生活、地理・歴史・社会。

妹尾いつき
ロンゲ。案砂大二年生、語学・文学部所属。
少し自信家的な発言も見られるが優しい性格。女子にモテるものの、「いい人なんだけどね」で終わってしまう事多し。
子供の頃からの本好き。クイズの得意ジャンルは語学・文学、趣味・雑学、グルメ・生活(知識的な部分で)。


地球の温暖化のせいなのだろうか、九月も中旬だと言うのに風は生ぬるく、半袖シャツで下校しても差し支えないような今日この頃。
「久しぶりにクイ研行くと、なんか懐かしいような感じだよね」
「そうですねー。ぼくは実験がこんでくると一週間行けないとか普通にありますから」
最後まで部室に残っていたいつき君と話をするうち、明日は二人とも午前の授業がないので少し遊ぼうという話になり、ぼく達は部室の鍵を閉めて大学を後にした。
「どこ行こうか? 通りに出ればカラオケやファミレスあるけど」
「時間がもう少し早かったら、私鉄の駅の近くにある美味しいお蕎麦屋さんをおすすめしたんですが。あそこのサラダうどんのもちもち感がすごいんですよ」
「あー、美味しそうだね。九時か、そうなるとやっぱりファミレスが手っ取り早いかな」
そんな事を話しながら、ぼく達二人は大学からの坂を真っ直ぐに下る。コンビニの横にある小さな公園にさしかかると、不意にいつき君は歩道から逸れて公園へと足を踏み入れた。
「ここ、桜がすごい綺麗だよね。大学の桜もすごかったけど」
「あ、ぼくもそれ思いました。今度の春はみんなでお花見とかしたいですよねー」
今は枝だけになってしまっている立ち並んだ桜を見上げ、いつき君がんー、と伸びをする。夜の公園にはぼく達以外の人影はない。けれどこんな静けさもちょっとした趣があっていいものだ、なんて思っていた時。
がさ。
茂みが揺れたような音。周囲を見回してみても、人の気配はない。
がさ。
「ん?」
再びの音に反射的に身体が竦んだ。ホラーとかは苦手というほど苦手ではないのだけど、見えないものに対しての恐怖感がつのる。
「どしたの? テレン」
動かなくなったぼくをおかしく思ったのか、いつき君がこちらへと近づいてきてくれる。
「え、いや……今がさって音がして」
「猫とかいるんじゃない?」
ずさ。
またも聞こえた不気味な音に、今度はいつき君もびくっとして辺りに視線を巡らせた。
「ほ、ほら! やっぱり何かいますよ!」
「で、でも人間じゃないよ、動物の動く音みたいな……」
ずさ。がさ。ずさ。
今度はその音が立て続けに鳴った。ついいつき君のシャツを握って身を強張らせたぼくとは対照的に、いつき君は足音を潜めながらゆっくりとした足取りで公園の茂みへと近づいていく。
「「あ」」
二人で近づいた茂みの下で見つけたものに、ぼく達の声が重なった。
小さな段ボール箱の中、敷き詰められたワラの中でそれはがさがさと動き回っていた。暗いから色はよく分からないけれど、多分茶色。長い耳と鼻をぴくぴくと動かしながら、その子は近づいてきたぼく達をくりっとした目で見上げた。
「ウサギだ!」
「この音だったんだね……どうしたんだろ、こんな所にウサギなんて」
いつき君の言葉にぼく達は顔を見合わせる。夜の九時、段ボールに入れられて公園にいるウサギ。言葉にするまでもなく、この子には帰る場所がないのだという事をぼく達はすぐに理解した。
「捨てられちゃったのか……事情があったのかもしれないけど、無責任だね」
「ですよね……今はまだ元気みたいですけど」
そっと箱に手を差し入れてみると、ウサギはぼくの手のにおいをふんふんと嗅いだ。普段実験でマウスを扱っているので動物に触れるのには慣れている。そっと両手で頭とお尻を支えてやると、ウサギは抵抗する事もなく小さな身体をぼくに委ねた。
「さすが食物栄養学部、動物は慣れてるって感じ?」
「いえ、ぼくも触ってるのはマウスだけですよ。ウサギは初めてですし、動物は飼ったことないんです。でも、すごく人慣れしてる子ですね」
ぼくに体重を預けきっているウサギの体温が次第に伝わってくる。しばしの沈黙の後、言い出しにくそうにいつき君が尋ねた。
「どうする? テレン」
どうするというのは、もちろんこの子を、という事。
「あ……そうですよね……」
このままこの子を段ボールに戻して公園に置いていくという選択肢だってもちろんある。野で生きる動物であるウサギなのだから、そこらにある草を食べて自分で生きていけるかもしれない。けれどそれはあくまで可能性でしかなく、そしてここは住宅地。すぐ横のコンビニには車も沢山くるし、下の大きい通りは始終車でごった返している。家の中で育てられただろうウサギが車に対して警戒心を持つだろうか。
「今日はまだあったかいから大丈夫なのかもしれないけど……保障はないよね」
秋を迎えれば、夜の気温は一気に下がる。逆に夏日が続けば暑さがこの子の体力を奪うだろう。置き去りにしていく事は、この子をより死に近い場所に置いてしまう事を意味していた。
「…………ぼく、飼います」
腕の中の温もりを失いたくない。そんな思いが、ぼくにその言葉を言わせていた。
「え、本当に!? テレンさっき、動物飼ったことないって」
「ないですよ、ないですけど……だからって、ここに置いていく事なんてできないです」
「うん……分かるけど。僕よりもテレンの方が動物の扱いは慣れてるだろうし」
でも、大丈夫なの? というような表情で、いつき君がぼくとウサギとを心配そうに見つめた。
「必要なもの、揃えないと。ケージと、餌とお水と……あと何が要るんでしょう」
「待ってて。調べてみる」
動くなら早い方がいい。ぼくの言葉を本気だと受け取ってくれたんだろう、いつき君は携帯を取り出すと素早く文字を打ち込んで画面を凝視する。
「うん、そうだね。ケージ、水、餌……ペットショップでペレットっての売ってる。小松菜とか繊維の多いものがいいみたいだよ。ワラもよく食べるみたい。あとトイレも揃えてあげないと」
「トイレ、そうですよね。助かりました、ありがとういつき君」
ネット検索で必要な情報を探してくれた彼に頭を下げる。
「やふー先生様々だね……パソコンで見れるサイトの方がきっと情報は見つかると思うよ。一回獣医さんにも行った方がいいね」
「そうですね、それも検索してみます。とりあえず、ケージとかを揃えてしまいたい所なんですけど……」
夜九時、そんなものをどこで調達すればいいんだろうと、二人で顔を見合わせた。
「あ、ジャスコ! あそこ十時までやってなかったっけ? ペットショップもあるよね」
「そうだ、それですよ! すぐに行きましょう、時間がないです」
いつき君の思いつきに頷き、ぼくは一旦ウサギを段ボール箱に戻した。その箱ごとウサギを連れて私鉄に乗り――本当は動物はキャリーケースに入れるのだと思うけど、電車には殆ど人がおらず咎められなかったのが幸いだった――、ジャスコの入り口でウサギをいつき君に見ていてもらい、必要なものを店員さんに聞いて一式購入した。本当は軽く一万円を越えるウサギ用のケージも、処分品で七千円台のものを見つけられたのがラッキーだった。
「すみません。遊ぶ予定ダメにしちゃったのに、何から何まで手伝ってもらっちゃって」
ウサギの入った箱を抱えているぼくの代わりにケージを運んでくれているいつき君に、ぼくは申しわけない気持ちがいっぱいで深く頭を下げた。ぼくの家はさっきのジャスコから近い場所にあるので、二人で歩いてそこまで向かっているところ。
「いいよ、気にしないで。一人じゃ荷物持って帰るのも大変だったろうし。今夜はこの子に手をかけないとだね。そうだ、このまま泊まってっていいかな僕も。午前中に下宿に戻れば大丈夫だから」
ケージその他の買い物を持ちながらいつき君が言う。その申し出にぼくはふたつ返事でOKを返した。

「ふー、これでいいかな」
下宿に着くが早いか、ぼく達は二人がかりで新しい住人の居住スペースの設置にとりかかった。ちょっと目を離した隙に意外と素早い動きを見せる彼女――女の子だという事がわかった――に翻弄されながらも、ケージにワラを入れとりあえず一通りの事を終わらせて、ようやくぼく達は自分達用の夜食に手をつけた。
「外に出してるとパソコンのコードとか本気でかじりそうだよ。気をつけなねテレン」
「歯が最強の武器ですからね……そこは切実に」
そんな会話をしながら焼きうどんのアルミ鍋をつついているぼくらの隣で、彼女は拾われた段ボールの中で一心不乱に小松菜をかじっている。明るい光の中ではオレンジがかって見える茶色の毛並みを見て、ピーターラビットみたいだねといつき君が言った。
「すごい食欲だね」
「ですね。好きなのかな小松菜」
もぐもぐ、もぐもぐと絶え間なく動く口の中に小松菜がどんどん消えていく。
「……もぐ」
「ん?」
「この子の名前です。もぐもぐよく食べるから、もぐ」
「もぐちゃんか。いいんじゃない?」
いつき君が笑って頷き、つるりとうどんを飲み込んだ。
「よし。もぐ、ここがお前のおうちだよ。よろしくね」
そっと撫でたぼくの手に一瞬顔を上げ、もぐがぼくの方を見つめた。けれど食欲の方が勝るようで、またすぐに小松菜を食べる作業に彼女は戻ったのだった。