CASA S.FRANCESCO(同人誌「チャンネルMを探せ」収録 デフォ&ロン毛)

<登場人物紹介>

長嶋敦史
デフォ。案砂大二年生、経営情報学部所属。
苗字はミスタージャイアンツと同じだが(父親が大のGファン)、本人はどちらかといえばサッカーの方が好きらしい。
人なつこい性格のため友人は多い。クイズの得意ジャンルはスポーツ、自然科学(の科学)、漫画・アニメ・ゲーム。

妹尾いつき
ロンゲ。案砂大二年生、語学・文学部所属。
少し自信家的な発言も見られるが優しい性格。女子にモテるものの、「いい人なんだけどね」で終わってしまう事多し。
子供の頃からの本好き。クイズの得意ジャンルは語学・文学、趣味・雑学、グルメ・生活(知識的な部分で)。


何をやっても上手くいかない日、というのが時々あって。
上手くいきそうな気がしていた時に限ってそうなるから、ダメージも大きくて。
そんな日に限って晴れ渡った空が広がっているから、余計に自分が惨めに思えて仕方なかった。

高い場所から見渡す学内。そこかしこを行き交う学生達。ごく普通の光景をぼんやりと眺めながら、長嶋敦史は膝を抱えて座った姿勢のまま何度目かになる溜め息を吐いた。
こんな風に落ち込むのは自分らしくない。早く気持ちを切り替えてゲーセンに遊びにでも行けばいいのにと思う。それでも、裏側から回らないと来られないクラブ棟の屋上なんかで膝を抱えて座りたくなるくらいに、今日の落ち込みは敦史に重くのしかかっている。
こうなったきっかけというのは大した事ではない。選択授業の体育でやったサッカーの試合で負けたのがそれだ。身体を動かすのが得意な敦史にとってこの授業はいい気分転換になるはずだった。だが、試合が始まってすぐの前半五分、味方にパスをするはずがあまりにも見当違いな方向へのシュートになってしまった。そこから全てのペースが狂い、普段ならしないようなミスでイエローカードも二枚。挙句、相手のボールを取りに行った時に足がもつれて足首を捻り医務室行き。痛む足をおして部活錬屋上に上がってきているのはただの自棄でしかない。
そして小さい事とは言えど不運というのは重なるもので、次の授業の講義の部屋が変更になったと知らずに学内を彷徨い遅刻するはめになったり、昼食を求めて購買に行けば目当ての焼きそばパンは売り切れになっていたりで、気持ちは落ち込む一方だった。
「……あーあ」
抱えた膝に額を押しつけた姿勢で零す。らしくない。こんな事でしょげて、こんな風に落ち込んでいる自分がらしくない。らしくない自分を嫌いかけている自分がらしくない。トレードマークのつんつんと逆立った髪を揺らして通り過ぎて行く風にさえ苛立ちそうな自分が、本当にらしくなかった。
「何やってんの、こんな所で」
そして人のいないはずの場所に突然聞こえた声に、またちりりと胸が苛立った。
声の主の足音が近付いてくる。うずくまって顔を上げようとしない敦史のすぐ手前で立ち止まると彼は尋ねた。
「木曜は情報処理Ⅱとってるんじゃなかったっけ?」
「…………」
「サボリか」
仕方のない奴、と言うような口調。言葉を途切らせた相手は何故か、敦史の背中側に回ると同じように腰を下ろし、敦史に背中を預けるようにして逆の方向を向き膝を抱えた。
肩あたりで跳ねた髪に優しい顔立ちの青年。彼の名は妹尾いつきと言う。敦史とはいわば近所の幼馴染みで、幼稚園からこの大学に至るまで一緒になってしまった腐れ縁のような存在。何かあれば張り合う相手はこいつ、というような意識が互いにあるようなないような。それは学部を違えて入学した現在でも、同じクラブに入った事でたまに感じていたりする。
「どうしたよ。らしくないじゃん」
敦史自身が感じている事を代弁するかのようにいつきが呟いた。そりゃこんな所でむくれているのなんからしくねえだろな、そう敦史が思った矢先。
「敦史があんなノーコンなパス出すの、すごい久しぶりに見た」
いつきの言葉に反射的に顔を上げる。首を捻り相手を見た敦史に、いつきは向こうを向いたまま。
「なん……なんでいつきがオレの授業見てるんだよ!?」
「やっぱりあれ敦史だったか。ドイツ語の講義で窓際に座ったらそっちがグラウンドに出てくの見えたからさ」
そこから一部始終をいつきに見られていたという事か。やりきれない気持ちに、敦史が再び顔を膝に押しつけた。
「大丈夫なの? 足。こんな所上ってきて、痛いんじゃない?」
転んだ所まで見られていたらしい。恥ずかしさで敦史の顔に血が上る。自分の失態を知っていてここまでやってきたいつきにお門違いの怒りを覚えるも、辛うじてそれを喉で飲み込んだ。
無言の敦史の背中に、ほんの僅かにいつきの体重がかかった。重ねた背中をゆっくりと押しつけ背筋を伸ばしながら、いつもの口調でいつきが言う。
「あっつー、焦り過ぎ。もう少し後ろからボール取りに行ってたじゃん、いつも」
颯爽とパスカットしてみせる幼馴染みの姿を、ずっと見てきたからこそ言える言葉。
「……っせ。っせーよ。いっちゃんこそちゃんと授業受けろよ、こっちなんか見てないで」
小さい頃から使っていたその呼び方も、大人になるにつれてどちらからともなく使わなくなっていた。それでも、こんな時にこの呼び方が出るのは、相手がいつきだからに他ならない。
互いにどこか変わってしまったようで、それでも変わらずにいるこの空気。昔からいつきは利発な所のある奴だった。やっぱり今も、敵わないと思っている自分がいる事に敦史は気付く。
クラブ棟の屋上なんて意識して見ている人間はいない。そこに人がいたとしても、下から見上げる角度ではそれを発見するのはかなり難しいはずだ。こと、うずくまっていた敦史の姿がどうしていつきの目に入ったのだろう。そんな事までいちいち聞いたりはしないけれど、ただの偶然の一言で片付けてしまうには惜しい気さえした。
どうでもいいような事だって、気付く奴なんだよな。こいつは。
「あせりすぎー。あせりすぎー」
「ちょ、おま、痛え足痛え! 考えてねーだろこっちの事!?」
ぐぐぐ、といつきが更に体重を敦史の背中にかけた事で前に押される姿勢になり足にかかった負荷に敦史が声を上げる。ひょいと身体を起こして立ち上がったいつきはへらへらと笑うと、首をこちらに向けている敦史の顔に鞄から取り出したそれをぺちんと押し当てた。
「それでも食べて落ち着きな。クイ研先に行ってるよ」
彼のおやつになるはずだったのだろう、焼きそばパンだった。
「おい……、いっちゃん! 授業は!?」
「今日は三限で終わりー」
急がないでいいよ、と一言言い残し、いつきは先にクラブ棟の屋上から降りていった。
自分のペースで来なよ、そんな彼の気遣いを感じたのが妙にむず痒くて。
「ったく」
あいつはもう、勝ち負けなんて気にしないようになってしまったのかもしれないけれど。
「いっちゃん、チョーうぜー!」
乱暴な言葉を発した顔は満面の笑み。
待ってろ、と言わんばかりに焼きそばパンの袋を口に咥える。痛めた足を気遣いながら、敦史も屋上からゆっくりと下へ降りていった。部室でいつきをとっ捕まえたら駅前のゲーセンへ連行だ。クイズゲームで対戦させてやる、絶対に負ける気はしない。
「パンの借りはワンクレジットで返してやるぜ!」
取り戻した笑顔と共に部室に向かう敦史の髪を、再び風が撫でていった。


END