チャンネルMを探せ 2



「しばらく姿を見なくなっていたと思ったら、こんな所でお店をやっているなんて。灯台下暗しでした」
敦史達を気にする様子はなく、スーツの女性はすたすたと店主の方へ歩いていく。
「え? あれ、きのさん……? ライノさん、じゃなかったんですか?」
「音読みすればそうなるだろ。昔はそれがあだ名だったからそのまま使ってるんだ。……それにしても、あんた」
呼ばれた名前が違う事に困惑を示したテレンに簡素に説明をしつつ、古本屋の店主、ライノこと来野は煙草を揉み消しながらスーツの女性を見た。
「クイ研の名前を出してくるって事は、その筋の人間だな」
それまでのやる気のない態度とは全く異なる、鋭い視線と低く渋い声とに敦史やいつきまでもが事の重大さを本能的に察した。
「ええ、もちろんそのお話のためにこうしてやって来たんです。初めまして、わたくしアンサー協会が一員、シファーと申します」
「アンサー協会だと?」
折り目正しく礼をした女性にライノが投げかける視線は以前として険しい。
「単刀直入に申し上げます。チャンネルMにおける来期放送テーブル、月曜夜七時からのプログラム『対戦クイズ アンサー×アンサー』への出場を依頼します」
「チャンネルMだって!?」
シファーの言葉に、それまで興味なさげに事を見ていた和久が大声を上げた。
「民放最大手、数多くの芸能人を育て上げた名番組揃いのチャンネルM、しかも月七……!? なんでそんなビッグな時間帯に……」
あんなおっさんが、そう言いたげな和久の視線にシファーが頷く。
「嘘でも出任せでもありません。当協会があらゆる角度から検証し作り上げたこのプログラム、チャンネルM側にも太鼓判をいただいての放送決定です。八十年代からバブル期にかけてのクイズ番組の台頭、クイズブームの到来、高視聴率の成績はテレビ業界の伝説。……その中に於いて、若手と呼ばれる年齢でありながら豊富な知識と実力で数多くの番組で優勝を攫っていったクイズ王を、我々はずっと探していたのです」
「クイズ王だって!?」
「あのおっさんがかよ!?」
「し、知りませんでした……ライノさんがうちの大学の先輩だなんてのも、初耳です」
テレビ業界が血眼になって探していた人物が、こんな冴えない古本屋の店主だったとは。いつき、敦史、テレンまでもが目を見開き事の大きさに驚愕する中で、ライノは大きな溜め息をひとつ吐くと新しい煙草に火をつけた。
「俺に客寄せパンダになれってか」
「もちろんタダでとは言いません。数多くのスポンサーから魅力的な賞品が用意されます。……そして勝ち上がれば、かつてのような名声を取り戻す事も可能なんですよ」
クイズ王という名を冠していた時のライノの名声たるや想像に難くない。日本中に名前と顔を知られているなんていうのはどんな気持ちなんだろう。そして何故、それだけ有名になった人が今こんな所にいるのだろう。敦史はふとそんな疑問を感じた。
「……別に、そんな名声だの何だの、俺は欲しいなんて思っちゃいねえ。それはあくまで過去の話だ。今の俺がクイズ王なわけじゃない」
過去の話、と言い切ったライノの目に何とも評しがたい感情が浮かんでいる事に、彼の一番近くにいたテレンが気づく。
「俺が出ようが出まいが、その番組とやらは頭数揃えてオンエアされるんだろうが。芸能人でもお笑い芸人でも、売れそうな奴らを連れてくりゃいい話だろ」
「え、ええと、そう言われてしまうとこちらの都合というものが。本格派クイズ番組の復活として売り出すから、本当に頭の切れる人を連れてこいって上層部に言われて、わたし達すごく必死にクイズ王の行方を追ってたんですよぅ」
(下っ端っぽいな)
(でも多分いい人だ)
取り付く島のないライノの態度にシファーがあたふたし始める。その様子に敦史といつきが胸の中でそんな事を呟いた。
「その番組、出場者を募集しているのか。一般の人間が出られるのか?」
「あ、はい、ええとですね」
和久の質問に、こほんと咳払いをしてシファーが答える。
「回答者は一般視聴者から募ります。ただし放送開始からしばらくは迫力のあるクイズを視聴者にお楽しみいただく意味合いで、クイズにおける実績を持つ方々を織り交ぜてのトーナメントを行います。そうした目的での人材招致として、当協会からオファーをさせていただく方には同時に出場する参加者を任意に選ぶ権利が発生いたします」
すっ、と胸元から封筒を取り出し、シファーはそれをライノの座っているカウンターに置いた。
「チケットは五枚。意欲と知性に溢れた、クイズ王を目指すにふさわしい人材をご同伴いただきたく思います」
「だから、俺はまだ引き受けるなんて言っちゃ」
「俺が行こう」
シファーの横からカウンターに近づき、封筒を開けると箔押しのされたチケットを和久が手に取った。
「このチケットがあれば、出場権になるんだな? 例えばこの『元クイズ王』が、出場しなかったとしても」
「我々としては少々不本意ではありますが……出場の権利は認められます。ただし、もちろん予選を通過した人のみが本放送用の本戦に出場する形式ですので、お間違えのないように」
「分かった」
シファーの言葉に満足げに頷き、和久がジャケットの内側にチケットを収めた。
「和久さん、どうしたんですか? クイズ番組に出るなんて、そんな急に」
「チャンネルMに出られる可能性があるってだけでも、凄いアピールの場を得た事になる。……アーティストになるための近道かもしれない」
ミュージシャンとしてのプロデビューのきっかけにこの番組を使えないかと考えたのだろう。和久の目には若い野心が満ちていた。
「お前、出るのか」
「ああ」
「……『イカ天、ホコ天出身のバンドを五つ上げよ』」
「Begin、たま、JSW、BAKU、THE BOOM、人間椅子」
「やるな」
六つの回答を返した和久に、ライノがどこか満足そうに頷いた。
「クイズか……面白そうだね。こんなチャンスないし、僕もやってみようかな」
「いつき!?」
カウンターに歩み寄り、チケットを手にとったいつきに敦史が驚きの視線を向ける。
「……『シャーロック・ホームズ時代の短編小説の主人公を五つ上げよ』」
「ホームズは抜きだよね。アルセーヌ・ルパン、ブラウン神父、ソーンダイク博士、レディ・モリー、あとは……隅の老人とか?」
「正解」
本好きないつきがさらりと答える。古本屋の店主は大きく頷いた。
「いつき君も出るんですか。ぼくも負けてられませんね」
およそ勝負事とは無縁そうな性格のテレンも、開かれた封筒からチケットを取った。
「……『料理に用いられる魚の卵を五つ上げよ』」
「それは簡単です。キャビア、イクラ、たらこ、数の子、すじこ……っと、これはイクラと同じでした。カラスミでどうでしょう」
「OK。ついでだ、イクラは何語か知ってるか?」
「ロシア語です」
「よし。お前は腕前だけじゃなくて知識も大丈夫そうだな」
「えへへ」
頭を掻きながら笑ったテレンに、うむ、と頷きながらライノが腕を組んだ。
「……若い奴らにいいとこ持って行かれるのには、まだちっと早いな」
和久、いつき、テレンの出場宣言に触発されたのだろうか。目を細め、ライノがゆっくりとチケットを引き抜いた。
「出ていただけるんですか!」
「勘違いすんな。別にあんたらの為でも名声が欲しいわけでもない」
わあ、と喜んだシファーにライノが口元を引き結びながら答える。昔の彼を知る者がその場にいたなら――残念な事に、シファーもまだ若いためライノのクイズ王云々の件は全て伝え聞きの範囲だった――彼の眼光がクイズ王を目指していた頃のように輝いていた事に気づいただろう。
「面白そうだからな。それだけだ」
残り一枚になったチケットを机に残し、ライノは不意に敦史を見つめる。
「おい、後輩。お前はどうだ」
「へ? ええ、オレ!?」
「別に出ろなんて言わねえけどよ。このチケット、余ったらどうなるんだ?」
「わたくしが持ち帰ります。あ、このチケットを入手された事、また予選に参加される事は本放送までくれぐれも内密にお願いします」
シファーの言葉にチケットを手にした面々が頷く。面白い事になりそうだ、そんな期待を誰もが表情に滲ませていた。
「……オレだけ仲間外れかよ」
いつきだって参加するというのに、それでいいのか。
「ありえねーよな」
目の前に、見たこともないようなチャンスが転がっている。
「うっし」
カウンターに近づき、残り一枚のチケットを手にすると敦史がそれをまじまじと見つめた。
「こいつ、クイズ出来んのか?」
「敦史は……スポーツが得意かな」
いつきの発言に、何事かを思案するとライノが問題を出した。
「ふん。……『南半球で開催されたオリンピックを答えよ』。二つだ」
「み、南半球!? 待ってよそれスポーツっつうより地理じゃね!?」
「分かんねえか?」
にやりと笑ったライノに、うぐ、と息を飲みながら敦史が必死で答えを探る。
「えーとえーと、南半球……って赤道より南の場所……んんんっと……オーストラリアのシドニーオリンピックと……あとは……メ、メルボルン? オーストラリアだよな?」
「やれば出来るじゃねえか。正解だ」
「っしゃー!!」
喜びに拳をぶんぶんと振った敦史を見て、シファーが静かに尋ねた。
「出場される方は、こちらの五名でよろしいですか?」
「ああ。……つってもこれじゃ華がねえ。綺麗所はそっちでなんとかしてくれや」
「承知いたしました」
苦笑しつつ、書類を取り出しシファーが五人の住所氏名連絡先などを書き留めた。
「それでは、『対戦クイズ アンサー×アンサー』へのご出場、お待ちしております。……知力、体力、時の運のご武運を」
ぺこりと一礼し、シファーは『質疑応答』を後にした。
「テレン、感謝するぞ。まさかこんな形でメディアに出られる機会が巡ってくるなんてな」
クイズの向こうに自らの成功を思い描いているのだろうか。胸から取り出したチケットを見つめながら和久が呟いた。
「いやあ、まさかこんな事になるとは。ぼ、ぼくなんかがいただいちゃって良かったんですかね、これ?」
「構わねえよ。これもクイズに必要な『時の運』だと思えばいい。まったく、クイズなんてどれくらいぶりだ?リハビリしとかねえと流石にまずいな」
改めて事の大きさを実感した様子でテレンがライノを見る。大学の先輩にして元クイズ王は、やってやるぜと言わんばかりに口元で笑った。
「本だけじゃ得られない知識もあるだろうしね。テレビとか映画とかもチェックしとかないといけないな」
それでも学ぶ事は苦ではないといった様子で、いつきが敦史を見て薄く笑った。
「おう、絶対負けないからな。誰と当たっても恨みっこなしだぜ!」
「そっちこそ、フルボッコにされてもべそかくなよ?」
「やれるもんならやってみろよ、おっさん!」
五人の視線が自然に交差する。
「負けんぞ」
「かかってこい!」
「やりますよ」
「負けないよ?」
「いくぜ!」
場に満ちた闘志はやがて彼らを破顔させ、狭い店内に大きな笑いをもたらしたのだった。


この後敦史達四人は案砂大クイズ研究会に入り、正確な意味でのライノの後輩となる。
そして『対戦クイズ アンサー×アンサー』は放送開始より爆発的な視聴率を記録、チャンネルMの看板番組となり新たなるクイズブームを到来させたのだった。
そこから新たに生まれるクイズ王は誰なのか。たった一つの席を狙っての熱い戦いは、終局の予感さえ感じさせないままに今も続いている。


END